「好きという気持ちを疑ったことはないのか?」

ハルと二人で残業しながら会議で使用する書類をホッチキスで止めている最中だった。疑ったことはないのか? という問いかけは「僕」と誰を指すのか直ぐにわかった。僕がこの世で愛している人間はジル・トゥ・オーデルシュヴァングを除いていないからだ。
質問の意味自体が愚問に僕には映った。
ジルを好きという気持ちなんて僕自身、幼い頃何度も疑ったことがあった。いっそうのこと嫌いになりたいと、嫌いになれない自分を恨んだことすらあった。僕はジルと出会わなければ、おそらく自分に見合う女を好きになり、始めのうちはスペックだけで選んでいたが、だんだん好きになってしまい、子どもを産み幸せな家庭を円満に築けていただろう。人間関係においてジルを除いて困ったことなどない。コミュニケーション障害という単語から離れた位置にいると自負している。多少、頭が働き過ぎる所が傷だが、まぁ問題はないだろう。狡猾に生きるというのは僕にとても合っているような気がする。
他の人も選べる環境下に常に僕はいた。あんなになんでも持っているように見えるジル以上に僕は誰でも選び放題だった。他の人を選んでも良かった。けど、僕はジルを選んだしジルしか見えなかった。彼の特別になりたくてしょうがない。今でも僕は、ジルの特別になりたくて堪らない。欲が尽きない。もっともっとジルは僕だけを愛して欲しいと止まない。

「疑ったことは無いよ」

だから僕はハルに対して胸を張ってそう言える。好きという気持ちなんて疑った所でどうにもならないのだ。そりゃぁ僕だって人間だし、どちらかというと自分が大好きで自分の幸せだけを追求した生き方しかしていないので、ジルのことを考えると真剣に腹が立って仕方ない時や、いつまで経っても、自分とは考え方が違うとなり苛立ち嫌だなコイツとなることもあるが、それを凌駕する勢いで愛情という盲目さで覆い隠しているのだから、どうすることもできない。

「そうか」

そうか――とハルはそれだけを言って再び書類を打つ作業に戻った。僕も印刷された用紙をホッチキス止めする作業に戻る。
若いころのハルであるのなら、もっと追究して自分の意見が間違っていないことを主張してくるように声を張り上げただろう。彼は非常に正義感が強く自身のプライドがあり、自信を持って自分の意見をためらわず主張してくる。そういう所も好きだったし、彼に言われると妙に納得して見えた。
僕がハルに惹かれるのは判る気がする。才能とカリスマの塊なのだ。彼もまた。同時に僕がジルに惚れた一番初めの部分で今ももっとも愛しているのが才能とカリスマ性なのだから、アイツが不安になってハルを毛嫌いしたり、死ねと悪態をつくのもしょうがないだろう。もっとも、過去に僕が犯した過ちがあるので、僕はそれに対して止めろという気はないし、ほどほどに嫉妬するジルを見ているのは正直好きである。
だが、ハルが僕に惚れたのは、おそらく才能でもカリスマ性でもなく、僕とハルの内面が似ていただからだろう。似ていたから、話もあったし、互いに認め合うことが出来た。なんでも話せる友人が出来たと、人と関わることが「面倒だな」と思っていた僕が感じるほどだ(ちなみに面倒だなと思うことと人と関わることが出来ないは大きく違う。たとえば帝は人と関わることが好きだが、人と関わることがアイツは苦手だし見ていても下手だ)
ハルはその気持ちを恋愛にまで発達させたのだから、よほど僕と共感する部分が多かったのだろう。
だが、彼と僕の大きな相違点はジルがいるか、いないかだ。彼にはジルがいない。僕のように、そうだなプライドも何もかも捨ててコイツにだけ尽くし、愛情を捧げるという相手がいないのだ。ハルの家庭事情を見ていると、まるでジルと出会わなかった僕のようだ。しっかりと傍目から円満に見える家庭を築き、子どもを持ち、妻のことも愛しているというのに、どこか窮屈そうで、一歩彼の内面に足を踏み入れると幸せではない。どろどろしていて窒息死してしまいそうな空間が広がっている。
ハルは僕に対して並々ならない執着心を持っている。それは、自分と同じ場所まで僕を引き摺り下ろしたいという気持ちと、現状を救ってくれるのが僕だと勘違いしているからだ。だから、稀にこういった質問が脈絡なく投げつけられる。困ったものだが、どうしても僕はハルを無碍に扱えないので彼にあわせて適当な言葉で答えるのではなく、そのたびに考えて口を開くのだ。
残念なことに彼が望む言葉を言える日は来ないのだけど、僕は彼が放つ「問い掛け」の口を塞ぐことが出来ない。





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