初詣に行こうと誘ってきたのは帝の方だった。柴田たちと例年通り夜を跨ぐ初詣を終え(佐治はイベントが終わってすぐに「どうせ夏目はアフターだからさ」と言いながら駆けつけた)元日の夕方も家族で近所の神社へ初詣を済ませたというのに。七草粥を食べ終わってから一日経った今日行きたいのかとトラは妙な気分になった。
一人で行ってこい――ということは容易い。帝以外に言われたのなら、そんなもん一緒に行くのが面倒だと適当にあしらい、余っていた有給を使って十日までもぎ取ってきた、残された休暇を全うすべく、炬燵で寝ているだろうが。
言われたのが滅多に誘い事をしない帝ならば、しょうがないと、重たい身体を置きあがらせるしかない。

「お洒落はいいのか?」

トラが炬燵から起き上がると帝はちょうどトラが着たいコートとマフラーを持って立っていた。本当はマフラーをしたくないのだが、外に出ると寒さで凍えてしまうのは知っていたので首に巻きつく。
じっとトラが帝に目を向けると、いつも家の中にいるような質素な恰好をして帝は立っていた。初詣といえば帝は年に一回なのだからと素直な自分をさらけ出し着物だって女物をきて飾り立てるというのに。一年前にバーゲンで購入した紺色のダッフルコートを着て、焦げ茶色のマフラーを首に巻いていた。もし、帝でなければ「ダサイ恰好だ」と思ったり「下はジャージなのか?」と疑ってしまう、コートのみに頼り切ったファッションだった。

「うん、ちょっとそこまで行くだけだから。あ、トラが嫌だったら着替えるよ」

嫌だったら着替えると言われ、別にお前がどんな格好で横に立っていようと構わないというように頭を撫でた。卑屈な所に苛立つことは減ったが、そんなことで嫌がる自分がいるのだと思われているというのを知って腹を立てていた過去の自分が懐かしくある。いや、確かに適当な恰好をした奴を見るとお洒落に興味はないのかな――くらい思っていたが。帝であるなら傍にいようとどんな格好でも構わないというのに、なぜコイツはいつまで経ってもそのことが判らないのだろう。いや、判ってはいるのだが、一歩引いた姿勢を崩さないのだ。いつだってトラという人間が帝の中心にいるのだ。そういう、健気でけれど原が立つところが好きだが嫌いでもあった。

外に出ると、冷ややかな風が頬を過った。吐き出した息が白い毒素となって視界に現れる。手袋を忘れているよ――と帝に言われ、しぶしぶ、手袋をつけた。
広い庭を抜けて、左に行くと、近所の神社がある。ひっそりとした祠が立っていて、豪華ではない質素な神社だ。地元の神社という感じで、地域の住人しか参拝にこない。家族で初詣に行く神社だ。
おそらく帝は柴田たちと行く豪華で有名な神社より、こういったひっそりした所にある、神社の方が好きなのだろう。神頼みを好んでするような人間ではないが、山は嫌いではないので稀に足を運んでいるのをトラは知っていた。
小さな山の麓にある神社の祠前で一礼して、手を洗い、口をゆすぐ。竜の口からとろとろ流れる湧水は手をかざすと冷たくて手袋をしてきた意味を失われている。ハンカチなど持ってきていないが、帝の方を向くと、さっとハンカチをカバンから取り出したので、拭いた。
ざくざくという音をたて、砂利を踏みながら神社へと登る。年始年末と焚かれていた火の残り炭があり、帝は今年もこの中に去年の御守を入れて焼いてもらっていたことを思い出した。

「山の方が空気がきれいだね」
「おう」

正直なところ、何が変わったのか、あまり判らないが帝がそうトラに言ってくるくらいなのだから綺麗なのだろう。深呼吸する帝を横目で見て、可愛い奴だと頬っぺたをつねりたくなったが、頭を撫でるだけで終わらせた。
石畳の階段を上ると拝殿があった。頭を下げてから、御賽銭を同時に放り投げて、鈴を鳴らす。どうやら帝はこの鈴を鳴らすのが不得意なようなので、トラと一緒に紐引いた。
二礼二拍一礼をして、願い事を唱える。トラは何を願おうかと悩んだ。だって、二回も初詣に来たあとなのだ。結局、今回も同じことを願って終わったのだが、ちらりと帝を見るとまだ入念に願っているようだ。
一体なにを願っているんだと、じぃっと帝を待つと、祈りすぎじゃねぇか? とトラが首を傾げるほど、帝は拝殿に向かって願い事をしていた。本当に願わなければ叶わないものなのか。俺に言えば叶うもんなんじゃねぇのか? とトラは焦らされているような気分で帝を待った。

「あ、お待たせトラ」
「おお、別にいいぜ」
「ごめんね! 願ってたら時間が経つの忘れちゃってた」

ごめんなさいと頭を下げられ、気にするなと強引に上を向かせるがやっぱり気になって口を開いてしまう。

「なぁ、なに願ってたんだ」
「え? な、内緒だよ」

内緒と言われればさらに気になるのが人間というものだ。特に帝が内緒と言うことなど滅多にないトラにとって内緒なんて言葉を吐き出されると気になって仕方ない。
三回目の初詣に来てまで言いたかったことはなんだと「おい」と顔を近付けた。
トラは帝が自分の顔に弱いなんてこと良く知っている。
案の定、見慣れた顔なのに、ドアップになると真っ赤になって帝は目を逸らさないよう必死だ。迂闊にも「可愛いじゃねぇか」と神聖な神社で盛り上がってしまいそうになったのだが、別に俺は悪くねぇと責任を可愛すぎる帝に押し付けて顔を近付けていく。

「い、いう、から、あの、その、駄目だよ」
「言うんだったらいい」
「う、うん」

言うと宣言したので嘘はつかない帝のことを信じて、顔を下げる。胸をほっと撫で下ろした帝は「神様以外にいうと効果なくなっちゃうけど、トラも神様だから良いよね」と一人で納得いく理由を呟いていた。

「あのね。トラと今年もずっと一緒にいれますようにってお願いしてたの。僕、うっかり忘れちゃっていて。どの神社でもトラの幸せばかり願ってたら、つい、自分のことが抜けてて。これは、お願いしなくちゃ! ってなったんだ」

恥ずかしいな。僕間抜けだなぁと、一人で零していたが、てっきりもっと俗物的な願いだと勘違いしていた(たとえば今年はもっとピーでピーでピーなことが出来ますようにとかいう願いをしているんじゃないかなんてのも思っていた)トラは顔が真っ赤になって、ああ、やっぱり俺が叶えられる願いだったじゃねぇかよ、と帝の腕を引っ張って胸に抱き寄せた。
抱きしめるだけでも、帝の心臓の音が高くなっていく。いつまで経っても帝はトラからされることのすべてに慣れない。それは、こういった抱きしめるといった行為であったりもする可愛い一面もあるが、裏返せば何時まで経っても願い事に込めたように、自分の元から「トラ」が消えてしまうこともあるのだと感じている。トラがいる生活を日常のすべてとしているくせに、日常を奪われる覚悟があるような奴だった。
ああ、嫌いだとトラは思う。どれだけ愛していると伝えても、どこかでトラの幸せに自分が不必要になったら消えようなんて覚悟をしている帝のことが。もっと自惚れろよ! と帝に一番足りない感情を知って腹が立ってくる。いや、昔に比べれば随分と自惚れ幸せに浸かってくれるようになったのだが、まだまだ足りない。
昔のように怒鳴り散らしてどうしてお前は! ということは出来るが胸が喉元でつまり、言うことは出来ない。わかっている。そういうような人間になる様に仕向けたのは自分だということが。いい加減この歳になると自覚もしてくる。忘れてしまいたい過去のことを脳裏に思い出して、ああ、あの時の自分も腹が立って恥ずかしくて仕方ないと、奥歯を噛み締めた。
けれど、困ったことにそういう控えめでいつもトラという人間のことを真っ先に考えるような性格が好きで堪らないのだから、やはり帝は自分を愛するために傍に居るのだと思う。

「どこにも行くか」
「うん。けど、ほら、なにがあるか判らないから」
「そうだけど、俺は離れる気がねぇ」
「うん、ありがとう」

ありがとう、ありがとう、と礼をいう帝のことが嫌いだが、好きだ。帝に関してはこういうのばかりだ。嫌いな部分(嫌いと思っていたい部分)を大好きという感情が覆っている。
初詣に自分から一緒に行きたいとは昔はけして、なにがあっても口にはしなかっただろう。そういう類いの些細な我儘を吐けるようになっただけでも良いとしようと、トラは帝を抱きしめた。



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