怒ったギーゼルベルトが怖いなんてこと、煌は昔から知っていた。
子どもの時から変わらない。根が真面目なので、仕事を離れると視野が狭い。頑固なので融通も利かずに、不服なことがあると仏頂面を直せない。
思えば、煌の元から離れたギーゼルベルトが仕事をしているのを見て、納得がいかないことがある筈なのに、笑顔で対応する姿に随分と二人の距離が離れてしまったものだと、絶望したものだ。
例え他がどう口を挟んでこようとギーゼルベルトより良い子を煌は見たことがないので、幼いギーゼルベルトが行うことをすべて許していたし、第二次成長を遂げる頃には既に煌のことが好きだったといい、性欲を我慢していたというのだから、我慢出来ない子ではなかったのだ。
客観的な立場から見て、自分を強姦せずに離れるという愚かな選択をとったギーゼルベルトのことは「ダメねギル!」と思わざるおえないが、自身を襲わなかった理性の強さは褒めて、褒めて褒めまくってやりたいくらいだ。
だから、一見キレやすいと思われがちなギーゼルベルトだが(勘違いされるのはギーゼルベルトの外見と大きな声にあると推測できる)自身で歯止めが利かなくなるほど、激昂するときなど滅多にないのだが。
癇癪を起すかのように、キレたときは、恐ろしいというものなんかじゃなく。視野が狭くなった野獣が暴れるのだと、随分と前から知っていたのだ。

「ギル、ごめんね。ワタシ――」
「言い訳などいらぬ。いいから、脱げ!」

ギーゼルベルトが怒っているのは煌の眼から見れば一目瞭然だった。低い憎しみが籠った眼で睨みながら、身体が震えている。脱ぐことを躊躇っていると、舌打ちをされ、服を破り捨てられた。

服は佩芳から貰ったものだった。雄山たちと一緒に日本で住むようになってから煌の仕事と言えばギーゼルベルトの為に行う家事全般と後はちょこっと美友の助けをするくらいだった。その日も台所で、サヤエンドウの筋をとっていると佩芳が表れた。
「アナタがくると空気悪くなるよ、よろし!」と追い出そうとしたのだが、佩芳は普段と変わらないニコニコとした表情で煌の顔を見つめてきた。正直、気味が悪かったが紙袋に入れられた服を差し出され気が変わった。
「いやぁ、俺のなんだけどさ。気に入らなくて。捨てるくらいならお前どうだ?」
「捨てるて! もったいないよ! これ、綺麗ね!」
「綺麗だろ?」
「捨てなくていい。アナタ着るといい」
「だから気にいらなかったんだって。まぁ、煌も小汚い恰好ばかりしてるとギーゼルベルトに嫌われちゃうかもよ」
なんて、口車に乗せられ「はん! ギルがワタシのこと服ことくらいで嫌うなんてありえないよ!」と言いながらも紙袋を受け取ってしまった。
袋の中に入っていた服は、いつも煌が買う市民御用達のブランドではなく、一着五万円はするものばかりだった。滑らかな質が良い肌さわりがすっかり気に入ってしまって、コレを人に寄越すなんてあの男馬鹿丸出しね! と。早くギルの仕事が終わらないかなぁと思って待っていた、寝室で鼻を高くして笑っていると扉を明け、煌を凝視したあと、暫く固まっていたギーゼルベルトに尋ねられた。

「お前、その服は誰に貰った」

と。
煌は悪びれもなく、佩芳がいらないと言っていたのを貰ったのだと、佩芳がどれだけ馬鹿であるかを自慢するように喋っていたのだが、陽気な煌の肉声とは裏原に、ギーゼルベルトの怒声が響いた。

「脱げ! 他の男に服を貰うという意味がどういうのか、お前は知っているのか!!」
「知らないよ? 捨てる予定の服貰っただけだから」
「っ―――この、阿呆が!!!」

怒鳴りつけられ、髪の毛が跳ねた。比喩表現なのではなく、ギーゼルベルトの声量に髪の毛が靡いたのだ。
あ――と煌はその瞬間、自分が考えているよりもギーゼルベルトが怒り狂っているということを察した。昔から癇癪を起す時ギーゼルベルトは髪の毛を揺らす程の大声を出した。これほど怒っている姿を見たのは、傷だらけで帰ってきた怪我が完治した翌日だったので。相当怒っているとみて間違いないだろう。

そうして冒頭に戻るのだが、ギーゼルベルトは怒りにまかせて煌の服を破り捨てた。ベッドに腰かけていた煌の頭を押し付けると、人体でさえ用意に真っ二つにする腕力の前で、服など紙を破り捨てるより容易い。

「ひ――ギル! ごめんね、ごめん! 今すぐ脱ぐから」
「もういい。脱がなくても。俺が脱がす」
「大丈夫よ、脱ぐから、ね! ね! ギル」
「貴様は黙ってろ! 今のお前に対して怒りと憎しみしか湧いてこん」

煩い口を塞ぐかのようにギーゼルベルトは煌の唇に噛みついた。舌先が息を吸う間もなく咥内に入ってくる。空気を胃にたっぷり吐き出され、ギーゼルベルトの唾液を注ぎこまれる。
絡ませることの出来ない煌の舌先にギーゼルベルトの堅い犬歯が食い込んだ。快楽を与える気などない。舌先を噛み切らないのが愛情だというように。ずるずると舌を引き寄せられ、奥歯で噛まれる。

「ん―――!」

酸欠寸前になり、背中を叩くが鍛え上げられた筋肉は堅牢な岩のように、びくともしない。ギーゼルベルトを育て上げたのは煌自身だ。彼の肉体がどのようなものであるか、幼い頃から知っていたし、幾度となく身体を交えているので抵抗など意味を持たないことも判っていた。
それでも止めて欲しい意思を伝える為に背中を叩くが、顔が茹蛸のように真っ赤に染まるまで、口を離してくれなかった。

「はぁっぁ――、ギルはぁ、あ―――」

解放されたが、酸素が足らない頭は言葉を上手く紡げない。声を絞り出すように漏らし、謝罪を述べようとしたのだが、口が廻らない。力さえ入らず、逃げることなど出来ずと、着ていたズボンをギーゼルベルトが破り捨てるのを、黙って見ていた。

「お前は、本当に阿呆だ! もっと学習しろ! 警戒しろ! この俺に不愉快な思いなどさすな!!!」

怒鳴られて、ギーゼルベルトがどうしてこんなに怒っているのか理解が追いつかないままに、こんなに怒らせてしまったことに対して申し訳なさが募り泣くなってく。
じわりとシーツに涙が食い込む。
怒り狂っていないギーゼルベルトなら、涙を流す煌に狼狽して、申し訳なかったと頭を下げながらも行為に及ぶのだが、謝罪の言葉もないままに、絹のように白く滑らかな煌の太腿を持ち上げた。
左右に開かれると、勃起していない恐怖で脅えきった煌の陰茎が見える。未使用の証のように、綺麗な桃色をしている煌の陰茎はしな垂れている。尻の穴が見える位置まで持ち上げられ、ひくひくと収縮を繰り返すアナルがギーゼルベルトからは丸見えだった。

「ギル、せめて、慣らしてよ。ね、ワタシそのままじゃ死んじゃうよ」
「煩い口だな。また、黙らせてやろうか?」

片足を肩にかけて、自由になったギーゼルベルトの手が煌の頬骨を掴む。肉が歯の中に食い込まれるように入ってきて、このまま殴られても不思議ではなかった。おそらく、次に抵抗すると殴るという合図なのだろう。
大人しくなった煌を見てギーゼルベルトは満足気に微笑むと、自身のズボンを下げ、ジッパーを下ろした。

下着の中から姿を現したギーゼルベルトの肉棒は勃起していた。金髪の蔽い茂った陰毛の中から顔を出すように、筋肉と同じように、固く筋がめりめりと出ている。常人のサイズと比べると凶器しかない一般女性の腕ほどある肉棒が反り立っている。皮は捲れ、亀頭がはけ口を探すかのように、割れていた。真珠が埋め込まれているのではないかと錯覚するほど、立派な精子を蓄えるグロテスクな睾丸がぶら下がっている。商売をしている女でしか、受け止めきれないであろう、肉棒が煌を犯す為だけに存在している。
未だかつて解されていない状態で挿入されたことなどない。いくら、昨晩も行為を営んだからといって、一晩経てば、ある程度戻ってしまう。そうでなければ、今頃、脱糞をばらまいている。

「俺のだけで、善がれ――! もうお前の身体は俺以外では満足出来ないのだからな」

始めからギーゼルベルトしか知らないというのに――なんてことを考えていられたのは、一瞬だ。
押し返す抵抗を諸共せず、ギーゼルベルトの肉棒は煌の中に入り込んできた。メリメリと肉が避ける音がする。襞が切れて、血がギーゼルベルトの肉棒に絡まっていく。
丁度よい潤滑油が出来たとばかりにギーゼルベルトは尻に睾丸があたるほど深く劈く。

「ひぃぃあ―――ぁあ――――!」

悲鳴を上げるる暇もなく、痛みで頭の中がひっくり返っていた煌だったが劈かれた瞬間、調教されてしまった身体は快楽に震えてしまう。前立腺を亀頭が突き上げたのだ。ただ、大きな質量の棒で劈かれているだけでは良いのだが、角度を変えて快楽のツボを突くようにギーゼルベルトは腰を動かす。
怒り狂っていても、普段の行動が身に染みているののだ。煌が感じる所だけを的確に劈き、嬌声が漏れる。

「はぁ、あああ、ひいぃあ、いっ――」
「相変わらず、下品な悲鳴しか上げられない奴だな」
「ひぎぃぃぃあ、あぁひぎぁ、あああん! ひ、ご、ごめんなさい、ギル――ひっぁあああ!」
「もっと、上品に謝ってみろ! そしたら許してやるのを考えてやらんこともない」
「ひっ――あぁあ、ごめぁああ、ひぎぃぐぁああ! ご、めぁ」
「ダメな奴だ」


腰を打ち付けられ、快楽を貪られる中で、明らかに理不尽なことを命じられているのに、ギーゼルベルトは落胆するように溜息を吐き出した。あぁああごめんよ――! と煌は期待にそぐえない自分のことを申し訳なく思う。
腰を回転させられ、ギーゼルベルトの肉棒が沈んでいく。ドリルのように、攻められ、覆いかぶさってきたギーゼルベルトの胸板が顔につく。

「ん――ん――!」

圧死するほどに体重をかけられ、痛いのに気持ちが良いと頭の中の電気信号は麻痺していく。
ずちゅぶちゅちゅちゅうう―――! 皮膚の裂けたところが熱を持ち始め、摩擦で痛い。精液を胎内に蓄えておけないほど、発射される。煌の射精タイミングなど気にせず。無遠慮にギーゼルベルトは欲望を吐き出した。

「はぁ――――煌」
「ギルっ――ぁ、ギル」

ギーゼルベルトが達した肉棒をアナルから抜こうと腰をスライドさせると、煌はずるずると良い所を刺激されてしまい、びくん! と体を飛び跳ねさせた。精液が飛び散り、射精する。

「淫乱め」
「はぁっぁああ、違うよギル。ギルだけ、ね。ギル、ごめんなさい、ギル」
「黙れ。お前はもう俺以外に感じることは出来ないのだと思い知ったか」
「んっ――ぁ、ごめんよ、ギル――ワタシ、ギルだけよ。ギル以外のなんていらないよ」

嗚咽を啜りながらギーゼルベルトに謝罪する。謝罪が通じたのか、一度吐き出した頭の苛立ちが減ったのか判断出来ないが、ギーゼルベルトは煌の頭を撫でて優しく口づけした。切り付けられてしまった、舌を労わるようにして舐めあげる。唾液が滲んで痛いのだが、ギーゼルベルトのだと思うと落ち着ける。

「煌――男が服をよこすということは、その服を脱がせてしまいたいという意味を持っているんだ」
「そうだったか。ワタシ、知らなくて」
「知らないのなら良い。ただ、お前がセックスをしようという佩芳の誘いにのったことになる」
「な! のってないよ! ワタシ――あ、けど、のったことになるね。ごめん、ギル。ごめんね」
「まぁ、許してやる」

許すと言って立場を交代する。ギーゼルベルトの胸板の上に煌の身体がのっかる形になり、頬っぺたを摺り寄せてくる煌の頭を撫でる。
良いだろう――と言いながらもギーゼルベルトはどうせ煌は佩芳にそんな深い意図はないと能天気に決めつけているのだろうが。狡猾にも自分たちを欺くために自身の存在を殺すことを簡単にやってのける男だ。あの事件を演じきっただけというのなら、佩芳も傀儡であったのだと納得できるがそうではない。ギーゼルベルトが煌の元を最悪という形で去るようになった結末へ導くために脚本を描いたのも、あの男なのだ。接しているうちに、幼い頃に抱いた尊敬の念は消えはしないが薄れ、憧れではなく冷静な眼差しで(夢から攻めたのは煌に佩芳が思慕を抱いているという可能性が出てきたからだが)見つめてみると、佩芳ほど頭がキレて、イカレテいる男もいない。些細な嫌がらせだろうが、筋道を通ってこうなることを見通したうえで、煌に服を送ったのだ。


奥歯を噛み締めて舌打ちをする。再び苛ついてきた。ネコのように顔を埋める、煌の尻たぶを大きな手のひらで掴み、血とギーゼルベルトの精液を垂れ流している、アナルに肉棒を割り込ませ、下から押し上げる。

「ひ――! ギル、もう今日は」
「うるさい、やらせろ」

腰を押し付けると、本当にギルは昔から変わらないね好きよという顔で煌は乱れた。




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