◆◆ 戦場で鮮血が地面から吹き出すかのように湧き出していたが、一人立ち竦む男は平然とした顔で血を身体に浴びていた。視界には真っ赤な血の海だけが残り、本来、金髪である男の髪の毛は原色をとどめていない。翡翠のような双眸だけが、ぱちぱちと真っ赤な中で動いていた。怪我をおっているようであったが、致命傷ではない。平然とした顔で男は血の海を歩き出した。 敵の大将であった男の顔を持つ。豪勢な恰好をして護り固めた男の姿は、貴族を絵に描き安全な戦場に物見遊山気分で出かけてきたのがよく判る。大敗を期して戦場にこのような末路を遂げるなんてこと想像していなかった顔だ。 不運だった――と割り切るしかないだろう。誰も戦場に化け物が出てくるなんてこと想像すらしていなかったのだから。敵国の兵士と相対する前にひきつれてきた兵たち全員が滅びるなど。想像していなかったことだったのだ。 男は首を持ち死体の首元に顔を近付けると、およそ人間のものとは思えない犬歯で敵の大将に噛みついた。吸われている男はみるみるうちに干乾びていく。体中の血液がなくなっていくのだ。 「不味い――」 血を抜き取り、いらなくなった死体を放り投げると、男は呟いた。 男の呟きと共に体中を纏っていた凝固した血液が剥がれ落ち、美しく端整な顔が姿を現した。服は元に戻らないようだが、腹の横を抉り取られるようだった傷痕は跡形もなくなくなっていた。 「やっぱり、出来るだけ男の血は飲みたくないな」 女の――得に処女の血が上手いと、食に関する好みを告げるかのように呟く。肩の骨をぐぎぐぎ回しながら男は背中から蝙蝠のような羽を取り出すと空へ舞いあがった。 飛行した先にあるのは小さな酒場だった。男は着陸すると、どうどうと扉を明け、先ほどまで戦場にいた男とは思えない顔で「ラン――」と知り合いの名を呼んだ。 名を呼ばれた男は大量の女を両手に抱えていた。皆が足元にスリットが入った卑猥な服を着ており、美女に囲まれたランと呼ばれた男はまるで女を奴隷のように扱うと、立ち上がり「祐樹くん」と弾む声で男の名前を呼び返した。 「おつかれさま――」 「別にいいよ。仕事だから」 「え――俺の変わりに行ってくれたんだからお礼いうの当たり前じゃない?」 祐樹ははぁと溜息をついてランを睨み返した。お礼を言う気があるのなら、両手に抱いている女を差し出せという合図だった。 ランはやれやれ、と言いながら「お好きなのをど――ぞ」と自身を取り囲んでいた女を差し出す。 祐樹は適当に血が上手そうな純朴に見えた女に噛みついて、血を殺さない程度に啜った。男と違う甘い血だが、ランの中古品なので味の質は落ちる。犯しまくった後の女ほど、マズイものはないのだ。 吸い取ったあとでランに押し付けるように返品すると、えぇ――一番セックスしてないのに(好みじゃないから)と不満そうに口を尖らせたが、祐樹にとっては関係ないことだった。 血を吸いながら生きて人間を超越した能力を持った存在。祐樹たちは御伽噺などで語られる吸血鬼だった。 「協会に行ってくる。どうせ報告もしなきゃいけないし。こんなマズイ血じゃ口直しにもならない」 「え――けどさ、あそこ処女は多いけど、不細工も多いでしょ?」 「顔は関係ないよ。ブスでも、美少女でも処女で女であるなら美味しいからね」 「祐樹くんって本当に食事としてしかコイツらのこと見てないんだね」 セックスも楽しいのに――とランは零すが興味ないと宣言するかのように、祐樹は踵を返し、酒場を出て行った。 祐樹が向かったのは、吸血鬼と盟約を結んだ協会だった。 吸血鬼を神の使い手として崇める存在達のことだ。その協会には人間を虐殺して支配化におかないという約束の変わりに、協会が定期的に食料としての人間を差し出す。また、吸血鬼の暇潰し程度だが、先ほど、祐樹が行ってきたように、戦争の影での暗躍を頼まれる時もある。 吸血鬼の中で協会側が頼んで来たら行うのが義務付けされているのだが、楽しいことだけを追い求めて生きていきたいランのようなタイプにた戦争に駆り出される行為は面倒過ぎる位置にある。だが、逆に祐樹のような、人間が楽しいと思えるような出来事になにひとつ、興味を持てない吸血鬼にとっては最高の暇潰しだった。 協会に降り立つと、牧師が祐樹のことを喜んで迎え入れた。吸血鬼様と崇めながら、仕事をきちんと果たしたことと、食料を要求すると牧師は祐樹を地下室へと連れていった。 ランプの光だけを頼りに地下へ続く石畳の階段があり下っていくと、地下牢が建設されていた。塵をぶちこんでおくにはちょうど良い地下牢には、人間が入れられている。 今から吸血鬼の餌になる人間どもだ。若い女を好む傾向にあるので、女が牢屋の中には押し込まれている。 祐樹はその中で適当に、処女だと思われるような目立たない希薄な外見をしている人間の手をとって引き寄せた。 牧師は安堵の笑みを漏らし、牢屋をあけると人間を提供した。 渡された食料をその場で食べてしまう吸血鬼もいるが、祐樹はどちらかというと、家に持って帰り落ち着いて食べる派だった。セックスは面倒だが、自身が処女を奪った女は極上の血を味わえるので犯しながら噛みつき殺すのが好きだった。 吸血鬼は城を持っているのが殆どで、祐樹も森の奥に古城を構えていた。連れてきた食糧を犯す為の部屋に人間を放り投げる。 「お前、名前は?」 セックスの時、名前がないのは不便なので、いつも尋ねるようにしている。顔を覗きこむと、脅えていた人間は視線を上にあげた。誰が言うかという態度だったがので首を軽く絞めて、今殺すことも出来ることを主張すると、息苦しくなった男はぽろりと名前を漏らした。 「と、透」 これが、今から祐樹の人生を大きく変える、透との出会いだった。 |