口説き文句に「君は俺の運命の人だ!」と言って手のひらを握りしめ泣きそうな顔をする男は早々にいないだろう。ましてや、金髪碧眼の人間が見れば驚いてしまう、お前は漫画かアニメから飛び出してきたのかとツッコみを入れたくなる男から言われてしまえば、冗談か死ねと言ってしまいたくなる気持ちも、こんな退屈な文書を読んでいる人達にはお分かりいただけるだろうか、と坂本透は思った。
出版社に原稿を帰りに、今日は酒をたらふく飲んでやる。酔えないけど! 酒飲みながら、可愛いおねえちゃんたちが出ているビデオを見まくるのだ、その後は勿論、二次元に浸りあと、一か月はなにもしねぇぞ――とルンルンな気持ちで帰ってきたというのに。どうして、改札をくぐり階段を降り切ったところで、謎のイケメンにそんなことを叫ばれなければいけないのだろう。
流石に死ねとは言えなかったので「悪質なセールスならお断りします」と、これ以上、駄々を捏ねるようなら俺は警察に駆け込むぞという気合いを入れて睨むと「セールスなんかじゃないんだ」と泣かれてしまった。
泣きたいのはこちらだと、眉を寄せ、泣きじゃくる男を睨みつける。本当は逃げ出してしまいたかったが、男が手のひらを握りしめながら泣いている為、駆け抜けて行くことが出来ない。周囲には男の容姿もあって人盛りが出来てきた。可能ならば目立たずひっそり好きなことだけをして生きていきたい透は、とりあえずこの場を離れようと男を引き摺って近くのカフェへまで足を延ばした。良くあるライトノベルだと、ここで、この男を自宅へまで案内するのはフルコースなんだろうが、得体のしれない男を家に上げるほど、警戒心は低くない。

「で、なんですか」
「あ、自己紹介からした方がいいよね。俺は祐樹っていいます」
「本名?」
「本名だよ。名字はつけるとするなら飯沼祐樹かな」

つけるとするならって、なんだよ――お前は異世界人か何かなのかと、透は心の中でツッコみししながら、席につき向かい合う体勢で男を睨んだ。見れば、見るほど、二次元の世界から飛び出してきたような容姿を持つ男だった。三日月形を反転させたようなびっちり睫毛がついた双眸に、白磁のようなきめ細やかな肌。うっすらと色が乗った唇に、筋の通った鼻。芸能人でも、このレベルのイケメンはお目にかかったことがないと透は頼んだ珈琲を啜りながら思った。

「俺は――」
「透でしょう?」
「なんで、知ってる」
「君の名前だから。君は透。今の名字は?」

電波かと思っていたが、ストーカー男だったのかもしれない。どうすれば良いのだろう。悪徳セールスより性質が悪い。自分のように貧層で、幸が薄そうな男を狙っているのだろうか。お前には負けるかもしれないが、中々にきれいな顔をしていると、自負している俺に向かってなんて勘違いを。他の野郎でも狙っていけよ、と唇を尖らせながら睨み付けたが、男は変わらずニコニコしていた。

「坂本透」
「そっか、坂本っていうんだ。よろしく透」
「よろしくなんか、しない」

じゃあ、と立ち上がって男が手を引く隙を与えずに透は逃げ出した。
逃げるが勝ちだ。こんな男と関わっていられるか! と全力疾走をした。久し振りに走ったせいで、家に到着したころには息が荒くなってしまった。

これで逃げ切ったぜ。流石に電波野郎ももう二度と声をかけてこないだろう。ストーカーって判り次第、警察と出版社に通報して助けてもらおうと決意して、寝床に入った。


しかし、男はことあることに、透の前に現れた。
ストーカー被害にあったのなら通報もしやすかったのだが、男は挨拶をしてくるだけだったり、時には透が欲しかったアニメの限定グッズをくれたりもした(もちろん、盗聴器が仕込んでいないかなど念入りにチェックした)
慣れてくるとご飯を一緒に食べないか? おごるから――と言われ、ついつい、奢られてしまった。透の計画にはなかったことだが、順調に親しくなってきており、俺から金を奪おうったって、そうはいかねぇぜ! と威嚇すると、男は、そんなお金なんかいらないよ――という眼差しで透を見つめた。
透は小説家という職業上、人間を観察するのが趣味のような所もあるし、人間なんて碌なもんじゃねぇな! と思っているので、未だに悪徳セールス俺をだまそうとしている奴だという印象は消えないのだが、男と接しているうちに、おそらく、そんなに悪い奴ではないのではないかという、気持ちが湧き上がってきた。
それに、透は祐樹といると何故か落ち着いてしまう。懐かしい、実はずっと前から共にいたのではないかと、思ってしまう。警戒心は未だに消えないものの、気を抜けば安堵して、眠ってしまいそうなほど、安心している自分がいる。誰かと一緒にいて落ち着くなんて関係、今まで有り得なかったし、あったとしても、得体のしれない男相手に気を許しつつある自分というのが気持ち悪い。
男―――祐樹と名乗った人物は、精神的にどこかおかしいのかも知れないが、透を見る度に、久しぶりの再会を喜び、まるで透が生きていることに感謝するかのように、泣きそうな顔をして笑うのだ。愛しさがこみ上げ、出会い頭に言われた「君は俺の運命の人だ」という、どこのラノベ主人公の科白だという言葉は、男にとって嘘ではなかったのかも知れないと思う程に。

「なぁ、なんで俺のことそんなに好きなの」
「透だからだよ」
「意味不明」
「そうかも、知れないけど……俺にとって透は特別なんだ」

特別なんだと言って顔を上げた男は、清々しい顔をして微笑んでいた。特別だといえることが、嬉しいというような印象を受けた。お前と俺はいつか過去に出会っているのかと。それこそ、王道漫画である記憶はなくしちゃったけど幼馴染とかいう、落ちなのかい? と尋ねたくなった。

「なんで特別なんですか」
「透だから」
「それ以外の意味で。日本語あるでしょう」
「ああ、そっか。う――ん、信じてもらえるか判らないけど、それでいい?」
「貴方の存在自体が信用できないものなので」

率直に述べると、男は、二回か三回ほど瞬きをして、そっか、そうだよね――と笑ってみせた。祐樹は泣きそうな顔をしているくせに、いつも笑っている。どこからどうみても、可笑しな電波男のくせに、近寄ってくるなら殺すぞとナイフを持ち出して暴れて否定しようという気には怒らない。

「御伽噺だと思って聞いていてくれればいいよ。それくらい、非現実的な話だから――」

お前の存在が既に御伽噺だと思いながら、透は祐樹の話に耳を傾けた。


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