五十嵐と原田 | ナノ




「あ」

通帳の中身を覗いてみると、絶望的な数字が叩き出されていた。
嘘だろ、と漏れる言葉を残したあとに引き落とした一万円を最後に自分の通帳が三桁しか残高がないという現実に目の前が真っ暗になっていく。バイト代が入るのは月末で、月末まではあと二週間以上残っている。
どうして、こんなに今月使ってしまったのか考えるまでもなく五十嵐くんに誘われた飲み会やカラオケ、映画館、買い物にほいほい首を下げて着いていったからに他ならなかった。強制的に誘われているわけでもなく、五十嵐くんはいつも「良かったら、原くんもくる?」という優しく控えめな声の掛け方なんだけど、五十嵐くんに誘われたら馬鹿みたいに後ろを着いていってしまう俺がどう考えも悪い。他に用事が入っていても彼から声がかかることで、頭のなかの優先順位が入れ替わり、うんうん、と首を下げ着いていった結果がこれだ。
今まで趣味みたいなものもなく、人を睨み付けるような顔付きと歯切れの悪い喋り方のお陰で友達も録にいなかったわけだから、散財するなんてことから縁がなかったので油断していた。お金っていうのは使えば使ったぶんだけ、みるみる無くなっていくのだ。
親に下さいと頭をさげるのも一つの手だが、オフィーリアに入学したことにより莫大な入学金を支払ってもらい、友達付き合いがあるだろう、という恩情から月に二万円もの大金をお小遣いとしていただいている身としては頼みにくいし、そこまで甘えちゃ駄目だろうと頭を抱える。
今日、一万円を下ろしたのだって五十嵐くん主催の飲み会があるからだ。飲み会へ行けばオールコースが当たり前になりつつあるので、手元の一万円は確実に消えていく。
どうしようと頭を抱えながら、今更断るわけにはいかないので、飲み会だけは参加することにした。




待ち合わせ場所の二十分前に到着するのは、最早、俺の癖になりつつある。他の友達相手に(数人しかいないけど)早く待っているなんて有り得ないけど早く着けば早く着くほど五十嵐くんに会える時間が長くなるのだと判ってから、習慣になった。
はじめは、緊張して、早く到着しただけだったんだけど、十分前に必ず到着する五十嵐くんが「早いね」といて、数分間二人きりで話せるのだと知ってからは、その時間が欲しくて足を急がす。
駅前に着くと誰もいなくて、二十分前どころか三十分前に到着したのだとわかり壁に凭れかかった。今日は残念だけどオールになる前に帰らせてもらうことにしよう。五十嵐くんたち必ずSHiDAXを利用するので4000円は確実に飛んでいくし、数百円で今月は乗り切れない。

「あ、原くん」
「へ、あ、あ、い、五十嵐くん!!」
「なにそれ驚きすぎでしょ」

白い歯をみせて、五十嵐くんは微笑んだ。軽く巻いた太めのマフラーにジャケットが似合っている。ジーパンを着こなせる人は珍しい。足が綺麗なんだ。
俺ももっと気合いを入れてくれば良かった。気合い入れた所で持っている服は今じゃ五十嵐くんと一緒に選んだ服くらいしかないけど。

驚くのも無理はない。だって、待ち合わせの二十分前なのだ。いつもより、早い。

「早いから」
「原くんもいつも早いじゃん。たまたま授業が早く終わってさ」

原くんがいてラッキーだと五十嵐くんは言ってくれた。もしかしたら、俺がいつも早く居るので、一足はやめに着てくれたのだと自惚れるのは、いけないだろうか。だとしたら、申し訳ないという気持ちと、嬉しさで舞い上がってしまいそうだ。
五十嵐くんは俺のことを原くんと原田を略した愛称で呼んでくれるのだけど、今までコンプレックスだった、ティナというふざけた名前さえ忘れて心地よい気持ちになってしまう。
いつもより長めの数分間をじっくり味わっていると皆が集合してきて、居酒屋へと向かった。



居酒屋ではいつものような、どんちゃん騒ぎが繰り広げられ俺も控えめに酒を飲んだ。アルコールの良さは正直なところよく判っていないが、居酒屋はいつも当たりばかりで料理に手を伸ばす箸は進む。
閉店時間になると追い出されるように店を出て、カラオケに行くかという流れになるので思いきって五十嵐くんに帰る意思を伝えた。

「え、けど終電終わってるけど?」
「は、え、あ、そうだった!!」

忘れていた。うっかり過ぎる。どうしよう、お金がないからというと、気を使って五十嵐くんは皆から資金を集めてくれるだろが、そんなみっともない理由で断りたくなかった。お金がないのは自己責任で管理が出来ていなかった俺が悪いのに。

「あ、俺、用事があって」
「そうなんだ。え、ごめん。引き留めて」
「いや全然、悪くないよ」

用事なんて本当はないんだから。アハハと苦笑いを残して、目線を反らず。

「だったら尚更、どうやって帰るの原くん。タクシー拾って帰る? 金ある? 大丈夫、原くん」

覗き込まれるように尋ねられ顔を真っ赤に染めてしまう。五十嵐くんの顔が近くにあるのなんて、息が持たない。

「だ、大丈夫。友達の家に泊まるから」
「え」
「この近くに住んでいるから」

近くに住んでいることは今、思い出したのだけど、頼み込めば一晩くらい寝床を提供してくれるだろう。


「原くん友達いるの?」
「へ、い、いるよ。高校の時の。二人だけだけど」

俺と同じように学校から遠巻きにされていた友人たちが、類は友を呼ぶの法則でつるんでいた。一人はデブで、一人はチビで俺がヒョロ担当の女子から見れば、キモキモ三人組だと笑われてしまうような組み合わせだ。
歩いていける場所にデブの居住区があるので、今から電話して泊めてと頼んでみようという目論みだ。

「へぇ」

ん、と違和感が頭の天辺にあったので五十嵐くんの顔を見詰めると、今まで見たことない、もしかしたら怒りを堪えている時の顔なんじゃないかと俺が思う五十嵐くんが立っていた。
怖いというより、怒らせてしまったのなら申し訳ないけど、どうやって謝れば良いのか判らない。


「だったら、大丈夫だな。気をつけて帰れよ、原くん」

背中をとんっと叩いて五十嵐くんは去っていってしまった。皆も五十嵐くんから事実を聞いたのか、納得して手をふり、カラオケがある方向へと向かっていった。
俺は謝罪したくて、嘘ついてごめんなさい、不機嫌にしてすみませんでしたと言いたかったのに、五十嵐くんの姿もなく、残高五千円になった財布を眺め溜め息を吐き出した。
デブに電話をかけると寝ていたようで、さらに申し訳なくなり、もうなんだか泣きたくてたまらなかった。


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