祐樹と透 | ナノ



実のところ、貴方が好きそうだよね、などという、よく判らない接する機会が少ない他人に(いや、親しくても同じなのだが)自分のことを見透かされたような言葉を吐かれるのが好きではない。
高校の友達と買い物へ行くと、俺好みでもなんでもない、ああ親父が好きそうだなぁ喜んでくれそうだなぁという品物を手に取ると、皆が絶賛するかのような眼差しを向けた後に、俺のことを理解しているという口ぶりを漏らすように「祐樹くんは好きそうだよね」と呟かれてしまう。
俺は手に持っている、BEAMSのインナーも今日着ているnano・universeのジャケットだって好みじゃない。親父が祐樹に似合うのはこれだといいそうな認めてくれるものを身に纏っているに過ぎない。親父の好みをはぎ取れば俺という人間は骨と皮だけで構築されていたあの頃から擬態を上手く身に着けただけだというのに、皆は見抜けずにいる。
「貴方は好きそうだよね」という言葉は繰り返していうが、好きではない。完璧な飯沼祐樹くんはそんなこと口にすることは無いから、皆がはしゃいでいる横で口には出さない言葉を脳裏に蓄積していく。
けれど、便利な言葉だという自負はある。
「貴方は好きそうだよね」という言葉は、特に服装を褒めるときに役立つものだ。
似合っていなくても、いても、好きそうだよねと言う曖昧でぼやかすような言葉は、受け手は肯定的にとらえることが出来る。俺もこう返すのだ「やっぱり」とはにかむように、微笑みながら。暗に好きそうという、容姿や内面から総合的に評価しましたということが偽りに見えない用に吐き出す言葉なのだけど、人間というのか簡単に騙されてくれるから、良いものだ。
俺も皆が言ってくれたおだて文句にのりながら照れている素振りをするけれど、親父が好きなだけだと内心では呟いている。
本当にその人が好きな服装なんてもの、その人にしか判らない筈なのに「好きそうだね」と言われてしまうだけで、その人にとってそれは好きな服になってしまうのだから、周囲からの決めつけというのは恐ろしい。
親父は昔から他人の評価が自分の評価に繋がると言っていたけれど、まっとくその通りだと思う。本当の俺は、実父に殴られ社交性なんて欠如していた頃から根幹など変わっていないのだから(思うに、人間という生き物の人格は基本的に変わらないのだと思う)生き難さで溺れて孤立していた筈だ。本当に、彼が俺の父親になってくれて良かった。俺は捨てられる心配をどこかで残したあとに、少しだけ生唾を飲み込んで感謝の意を表すよう、瞼を閉じた。

「おい、坂本だぜ」

クラスメイトが声に出し指示を飛ばした方に透はいた。珍しい。服屋へなんかくるのかと観察していると、案の定、横に入っている店舗であるユニクロへと入っていった。俺は瞬きを繰り返し、ユニクロでも透と服屋というのは噛みあっていないなと目を細めた。
完璧な飯沼祐樹ならここで「ごめん」と一礼して透の方へ走っていくのが可笑しなことくらい理解していたけど、転校生である坂本透に俺が執着しているのは周知の事実だった。もちろん、執着の形が恋愛感情だと今は知っている人は少ない。そのうち、バラして、逃さないように体制を整えるけど。

「ちょっと、透の方へ行ってきてもいいかな?」

首を傾げてごめんねと言いながら告げると皆は心地よく承諾してくれた。あまり気に入っていなかったインナーを買わずに済んで胸を撫で下ろしながらユニクロへと消えていった透を探す。
透は目的地の前で立ち止まっていた。どうやら、スキニーを買いにきたらしい。何色ものスキニーが並ぶ前で睨みつけながら、服を買いに外へ出るのが面倒だという雰囲気を背中から発していた。

「透」
「げ」

大抵の人だったら、わ――飯沼くん! と黄色い声を上げてくれそうだけど、透はそうじゃない。俺と関わり合いになるのが嫌なのだという態度を示してくる。酷いなぁと顔を顰めながら、透を少し照れたように目線を一瞬、背けた後、再び睨んできた。ああ、可愛いなぁと長年遠くから見ているだけだった透の顔を真正面から捉えられることに喜びを感じる。

「なに買うの? スキニー? 色いっぱいあるよね」
「煩い。近づくな」
「じゃあ、半歩離れた場所にいるね。あ、透。俺は透には黒のスキニーが似合うと思うよ」
「離れたことになってない。黒って王道だな」

いつも黒を穿いているのかなと思われる発言だった。家までお邪魔したことはまだないが、普段着は黒のスキニーにワイシャツかジャージって所だろう。彼がお洒落する所を俺は上手く想像することが出来ない。
普段の俺だったら好感度を上げようと、意見を尋ねられたとき(今回は尋ねられていないけど)指定された色がなければ、意外性のある色を選ぶようにしている。後押しして欲しい時は、王道の色や柄だけど。みんなが何を言って欲しいのかは目の動きを見ているとたいてい、判るし、意外性を突いた方がぼんやりとイメージが固まっていない相手に対して受けが良いと学習済みだからだ。
けど、透には黒が似合うと素直に思ったから嘘は着けなかった。彼の足は綺麗だし、筋肉がないので柄パンなどを穿いても栄えないだろう。むしろ、みっともなくなってしまう筈だ。黒の肌に密着するタイプのズボンを穿いて上半身を派手にした方が栄える。

「ね、透は黒にしなよ。似合っててカッコいいよ」

黒のスキニーを持って囁くと透は俺の声に警戒心を露わにしたが、元から黒を買うつもりだったのだろう。素直に従った。透の素直なところが好きだと思った。嘘はいっぱいつきながら生きているんだろうけれど、誰かを無意味にあげるような褒め方をあまりしない。逆に言えば、彼が今までそうやって繋がっていたい程の人間と出会えてこなかったということかも知れないけれど。親しい仲でも遠慮がないのは少しばかり違う。たとえば、親しい人でも太い人に「太っているね、デブだね」といい続けるのは、いくらなんでも酷い。もし、それが気になるのなら、その人は友人を止めるべきだし、デリカシーが欠如している。曖昧にぼかす言葉もこういう時、必要なんだと思う。
好きではないけれど、俺にとっては必要であるし、なんだったら多用している。矛盾していて、嫌になるけど、もし、透が俺の恰好悪い所をみて「違うよ祐樹カッコいいよ」なんて絶賛してくれる関係になれたとするならば、きっと俺は馬鹿みたいに嬉しいのだろう。

スキニーを買ってきた透の袋へ手を伸ばした。「持つよ」と言ったけど、嫌がられてしまった。不機嫌にさせたお詫びにお菓子を奢るよというと、冬だというのに透はアイスを所望したので、ハーゲンダッツの店へと足を延ばした。

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