林檎と美貴 | ナノ



気付いたら美貴さんは私の横にいました。長い髪を靡かせて、括れのある腰を見せつけて。艶のある唇と、くりくりとした宝石のような双眸で私を見つめ。絹のように滑らかで白磁のように透明感がある肌を持ちながら。長く先がとがった爪先で私の肌に触れていました。
彼は一度、気を許すとなんだかんだいいながら無防備になってしまうらしく(いや私が考えている常識より美貴さんの貞操観念が低い可能性が高いのですが)私の横で、その魅力的な身体を存分にみせつけて下さいました。そもそも、私がこんな破廉恥な目線で、欲望を絡め取った熱い眼差しを送ってしまうことに問題があるんですが、美貴さんという人は私にとって性の対象でもありました。
これだけ聞くと思春期が爆発して彼に襲いかかってしまっても可笑しな話ではありませんが、私は彼を困らせたいわけでも、泣かせたいわけでも、恋人になりたいわけでも、夫婦になりたいわけでもありませんでした。
美貴さんは私にとってかけがえのない友人でした。生まれて初めて出来た、恋人よりも神聖で家族よりも秘密を沢山話すことが出来る、友人だったのです。



美貴さんと遊んでいると十字路の分かれ道でいつも手を振ります。美貴さんは家まで送っていってくれると言ってきかないのですが丁重にお断りします。私が住むマンションまで続く道程は、八百屋さんやパン屋さん、肉屋さんといった下町の人情味溢れる店舗が並んでいます。いわゆる、商店街の中を私は帰っていくので、着いてきてくれなくても安全だということをアピールするのです。始めの方、美貴さんは渋っていましたが、私は、一度ノーと言ったら基本的にノーのままの頑固人間だと美貴さんは承知していますから、なにも言わずに送りだしてくれます。
ばいばい、と手を振ります。
美貴さんは名残惜しそうに帰路を辿ります。過去の習慣からなのか、美貴さんは一度、前を向くと中々振り返ってくれません。私はその背中が消えるまでじぃっと眺めているのです。私と常に一緒にいる美貴さんが私には見せない一つの表情を背中で良く語っています。この表情は美貴さんの恋人であるナリさんのものなんでしょう。彼の脳内にがナリさんで染まっていく光景を見つめています。段々、速足になってすっと角を曲がって自分のマンションへと帰って行きます。
私はその背中を見るのが好きであり、嫌いでした。美貴さんが私の知らない顔を見せているというのを実感をして悔しいです。彼は良く私のために何でもしてくれるといいますが、もしせっかくご結婚までしたのに、ナリさんと別れて下さいなんてことを言ったら戸惑いと侮蔑を孕んだ眼差しでこちらを見てくるでしょう。勿論、そんなことを言う気はさらさらありませんので、例えばの話です。
私は美貴さんの親であり子であり、姉であり、妹であり、友達であり、家族であり、親友であり、知人でありたいのですが、恋人にはなれません。なりたいというわけではありません。ただ、美貴さんのすべてを私と共有できないのかと、真剣に考えて自分の愚かさを恥じたり、ぐぐぐと私の欲望(男性的な部分)が顔をだし、恋人になりたいわけでもないのに、悔しいのです。
ではどうして、そんな敗北感を味わうために背中を見ているのかというと、私はこのちっぽけな敗北感より、今から愛しい人に会うのだと更に幸福を追求して背中を見せ、木漏れ日の中にいるような美貴さんが好きなのです。
そうです、悔しいですが美貴さんはナリさんと一緒にいるときが、一番、色っぽくて綺麗でたまらなく幸せそうなのです。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -