高峰とジョン | ナノ





高峰は舌に熟れた苺を乗せた。甘いシロップを絡め、咥内で潰すと酸味が口いっぱいに広がる。甘いシロップのソースにはラズベリーを隠し味に仕込んでいるようで、酸味がまろやかに溶け込んでいく。下のタルト生地に流し込んであるチーズの甘すぎない滑らかな舌触りと合わせて食べるとバランスが取れているので、今後ともこの店は利用続けようと決め、フォークを動かした。
高峰がケーキをばくばく食べていると、ジョンが眼前で良くそんなに食べられるなぁという眼差しを向けてくる。呆れを孕んだ眼差しは俺を構えとも告げている。

「食べる?」
「いらねぇ。お前のだよ、食えよ」
「確かに俺のだけど。あげても良いよ。まだいっぱいあるし」

ケーキクーラに乗せてある苺タルトの山を指差して高峰は答える。日本の社長室とは思えない英国式のティーセットにケーキの山。阿久津が今朝がた「一時間のお菓子です」とジョンの耳を疑うような台詞を残して置いていった。一時間……嘘だろ、食べ過ぎだろ、同じ味だぜ? とジョンは瞬きを繰り返し、平然と「ありがとー」と舌足らずな返事をする高峰を見ていた。しかし、高峰の暴食ぶりに驚かされることなど今に始まったことはない。高峰は貧窮など知らない耳にしたことすらない、という顔をしながら、がぶがぶ容赦ない暴食を続け、努力もせず椅子に腰かけているだけだというのに美しい。


「飽きねぇの」
「ぜんぜん?」


高峰は一時間たいてい同じお菓子を食べ続ける。今日は苺のタルトだが、次の一時間には金平糖、その次はシフォンケーキと味に飽きることなく食べ続けている。かと思えば一口食べて「まずい」と感じたお菓子は口にせず阿久津を呼んで下げさせる。なんて贅沢で、ジョンからすれば胸焼けする光景だ。
たまに眺めていて、あまりにも呆気なく、気に入らなかったケーキを捨てる時、コイツにはこのケーキたちのよう簡単に捨てられるのではないかと危惧する。だってあまりにも容赦がないのだ。簡単に。捨てる光景さえ美しいと見惚れる仕草で「まずい」と言い放たれる。まずい認定を受けたお菓子が高峰の口に戻ってくることは二度とない。



「美味しいものは飽きない」
「まずいのは食べてねぇよな」
「まずいからね。ほら、美味しいから食べなよ。まずくない、俺の審査を潜り抜けてきたケーキだよ。大切に食べるといい」
「高峰が大切に食べてるってなら、いらない」


お前が大切にしているものを俺は奪うつもりはないのだとジョンは遠慮する。図々しくして嫌われるのもいやだ。捨てられるのは勘弁したい。
すると高峰は瞬きを繰り返し首を傾げ謎に満ちた双眸をむけた。長いまつげが影を作り、ジョンを見詰めている。


「ケーキも大切だけど、ジョンの方が大切だから食べろよ。俺が誰かに分け与えてやろうなんて考えるの滅多にないんだから」

ケーキと比べて嫉妬でもしたの? と適当なことを言われているのに妙に嬉しくて胸が震えた。目尻が熱くなってきた。嫉妬していたわけではないが、ケーキのように捨てられるかも知れないと、ケーキと自分をふと比べていたのも事実だ。

「俺、ジョンが好きだよ」
立ち上がるのが面倒という顔を向けられ近づくと口付けをされた。苺の甘い香りが咥内に広がる。
高峰は口付けを終えるとお前って面白いなぁーという顔をジョンに向けて笑っていた。

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