静と神奈 | ナノ




開き直りという言葉がぴったりくる。
人間って不思議だ。暗殺者に毒を盛った時はあんなに罪悪感と恐怖にまみれていたのに、中国へ連れてこられ環境に順応しようとする間に、人が人を殺すというのは当たり前のことなのだという感覚になってくる。
僕がこの地にきて一年が経過しようとしているが、日常の摩り替えが行われていくのが分かる。この、火柱が脳内でバチバチと音を立てながら日常を塗り替える。慣れた痛みだ。お父さんとお母さんと妹が死んだ時も、おばあちゃんとおじいちゃんが死んだ時も始めは受け入れられなかった日常が僕の中で当たり前になっていった。朝起きれば、僕は食事を取るし、夜はお風呂に入って寝る。どれだけ悲惨なことが起きようと人間がどれだけ脳内で悩もうと、日常というのは死を迎え念仏を上げられるまで、絶え間無く行われるのだ。
環境に慣れ、死を乗り越えるのは他の人より得意なんだと思う。元々、透明人間のような存在価値しかなかったから。僕はゆっくりと罪の意識をなくし、人が死んでいく日々も日常だと受け止めていった。
寝付く前、細いソファーに瞼を預けながら、瞬きを繰り返し呼吸を行う。きっと妄想していた、物語上のヒーローだって、非日常感はまるでなく、読み手側が非日常と憧れるのはなってしまえば日常へと変わっていくのだと、溜飲が降りた。
けど、その中で輝きを放つ人が一人だけいる。僕の中で彼だけは日常にならない。溶け込まず、浮いている。
ソファーに肩を預け、千切れてしまい義手に変わった掌をみる。痛かった。歯もなくなって、地獄みたいで、僕はなんであのとき、ごみ箱に落ちていた静さんを拾ったりしたんだろう! と後悔した。痛かった。痛くて、けど衝動にまかせ、僕を玩具みたいに扱う静さんの顔を見ながら、興奮していた。綺麗な奥が見えない眼差しに、筋が通った鼻。人間を人間扱いしない態度に。衝動に任せた彼の前では、僕みたいな透明で存在価値がない男でも平等なのだと胸が弾んだ。
好きです、好きです、好きです!
貴方を拾ったことを後悔なんて愚かな気持ちを抱いてしまい申し訳ありません。快楽に身を任せる貴方が好きです。同情を得ようとしない貴方が好きです。屈強に鍛えあげられた貴方が好きです。怠惰に流される貴方が好きです。衝動に負ける貴方が好きです。こんなことをやっているのに、人間として最低なのに許されている貴方が好きです。
腕を千切られ、歯がなくなり、達磨さんになった虚ろな状態。霞がかった中で、輝く貴方を見ていた。
そうして、静さんが特別に崇高な存在だということが僕のなかで、当たり前になっていた。朝起きて、顔を洗って、ご飯を食べるのと同じくらい。人間が生きて死ぬのと同じくらい。


だから静さんを庇うの普通だった。静さんを庇って僕が死ねるのなら、これ以上幸せなことはなく、身に余る栄誉なことだ。
けど静さんは僕の肩を抱き締めている。死ぬなって泣いてくれている。なに、泣いているんですか。物語のヒーローや悪役っていう特別な存在は脇役が死んだくらいでは泣かないんですよ。僕ってほら、脇役じゃないですか。今までも、生きているのと、死んでいるのと、対して差はなかったんです。
先生に出席簿では無視されるし、修学旅行に行ったら現地に置いてきぼりくらって大騒ぎになって叱られたこととか、呑み会にはいつも名前呼ばれないし、両親と妹が死んだ時、一部の新聞では僕も死んだことになってるし、あ、そうだ、自動販売機に反応されなかったり、自動ドアは僕のために開いてくれないような、背景中の背景。モブのなかのモブ。透明で透けていて、僕の寂しさも悔しさも嬉しさも、存在感がないってだけで、なかった事にされるような人間なんですよ。
泣かないで、下さい。抱き締めないで下さい。寂しさが埋まっていって、僕のなかで貴方を好きだという気持ちが芽生え始める。信仰心じゃなく、図々しく人間として好きだという。何千回も繰り返した自分が主役のストーリーが構築されていく。
静さん、貴方の人生の隅っこじゃない場所に置いてくれるんですか。その涙は、そういう意味ですか。

ああ、なんて嬉しいんだろう。
始めて死にたくないと思った。


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