雄山と千代 | ナノ




阿部くんとやらと、友夏里が絡んでいる。俺はいつも鋭利な嫉妬を孕んだ眼差しで見られ、ハァ? テメェが友夏里の恋人のつもりかと憤怒していたが、どうやら、所謂、正妻である千代の前でも阿部くんは変わらないらしい。
俺と千代と友夏里の三人で話していたのだが、横から割り込んできて話題の中心を強引にずらしてきた手法は敵ながら見事だと思うが、正直な話、横にいて友夏里と言い争いをしていた俺でさえ気分は良くない。
のけ者なのだ。俺と千代がいようと無理矢理、話題を二人だけの世界に持っていくものだから。そもそも、俺も千代も阿部って野郎とは、友夏里の友達程度の認識なので、話題なんてものの中へ入っていける筈がない。少し、常識と良識を持っていれば、こんな会話の進め方をしないので、俺がいえたことではないが、阿部の野郎は相当、性格が悪く事故中心的な物事の考え方しか出来ないのか、友夏里のことが好き過ぎて殆んど喋ったことがない俺たちのことが嫌いか、どちらか、若しくは両方だろう。
そもそも、友夏里の野郎も友夏里の野郎だ。誰にでも良い顔するのがテメェの特技かも知れねぇけど、俺と千代放置するなよ。阿部の野郎の穴がそんな相性が良いのか、蔑ろには出来ないくらいの順位にあるんだろうってのが伝わってくる。あーー嫌だ。立ち去りたい。人間関係構築するの上手でしょ俺ってのを見せびらかしされているような気分にもなるし、嫌だ。
あと千代も千代だ。なんとか言えよ、この団子虫と、斜め下へ目線を投げるとさながら菩薩のような眼差しで二人を見ていたから、心臓のはしっこをぎゅっと握られたみたいに、奥歯を噛み締めた。
この目知ってる。俺が苦手な眼差しだ。昔から、コイツのこういう眼差しは嫌いで吐き気がする。
千代は一般的に評価して才能に恵まれた人間じゃない。俺から見ても、千代は馬鹿だし運動もまともに出来ない。顔も愛嬌はあるが不細工ななんともいえないバランスをしていて、チビだ。正直、同じ友夏里っていう幼馴染みを持っている立場として俺よりコンプレックスを抱いて友夏里に対抗心を持っていても可笑しくない立場なのに。こいつはコンプレックスなんてもの、知らないのだろう。
俺は昔、聞いたことがあった。千代に対して。
「なんでだよ。なんでお前は俺たちが出来ないこと友夏里が簡単にこなしても苛立たねぇの?」
小学校卒業手前だった。千代がテスト勉強の話をしていた時だ。今回は頑張ったけど、やっぱりぼろぼろだった、けどようやく終わったから鱈腹、お肉を食べられる――! と千代が騒いでいた時、苛立って、苛立ってってなんでだよ!!ちんちくりん ! となり、吐き出した。
すると千代はいつもの間抜けな落書きみたいな表情を真顔に変え「比べることに意味はないから。それに、僕ね、友夏里が幸せそうだったらそれで良いの」という返事が呟かれた。
千代の眼差しはまるで宇宙のようで俺が抱いている嫉妬心、劣等感なんかが小さな感情に過ぎないことを理解させるには十分で、自分が恥ずかしくなるのと同時に人間なら誰しも持っているような感情をコイツは知らないのだと、緑のニコニコ笑う小さな物体が化け物に見えた。
俺はそれ以来、千代のこんな慈愛に満ちた眼差しが苦手なのだ。今回も、コイツはその素晴らしい心を持って許してしまうのだと心臓の裏側がひっくり返しそうだ。あーー嫌だ。逃げ出すのは悔しいので友夏里に頭突きを食らわせたい。
ちらりと千代を再びみると、アレ ? って俺が疑問を抱く、親しみがある目の色をしていた。これは嫉妬の色だ。俺の友達である、嫉妬心を千代が確かに双眸へ宿していた。
顔を上げ、友夏里に絡みつく阿部を馬鹿力で突き飛ばす。イッテェ!!なにすんだよ!! とよろけただけなのに、阿部が大袈裟に騒ぐ。


「ゆ、友夏里は僕のだから、か、返して!」

ふん! と鼻息を荒くたてて、千代が阿部に対し敵意を燃やしている。まじか、阿部。逆に尊敬する。千代を怒らすなんて、将来、大物になるぜ、お前。最低のクズになれる素質十分あるよ。まぁ口だけだろうから、俺の組にきても、今回みたいな当て馬で終わるだろうけど。
千代がさっきまで阿部の特等席だった、腕にしがみついて、友夏里を引っ張っている。友夏里もお前はもしかしてコレを待っていたのかと疑ってしまう、蕩ける笑みを漏らしながら「やぁん、俺の千代ちょうかわいい。なぁ、阿部も思うだろ。まじかわ、かわぁ」と抱きついている。死ぬよ、お前ら。


俺はバカップルに付き合う予定はないので、そのままフィードアウト。
後日、千代に会った時に「お前でも嫉妬するんだな」と囃すように投げ掛けると顔を真っ赤にして「友夏里が幸せならそれで良いんだけど、僕の前では嫌なの。それに、僕は阿部くんが嫌いなの。や、だから。取られるのはもっと嫌」と、僕は嫌な奴なんだという自己反省とともに呟いていた。
「お前はてっきり、誰かを嫌えない人間かと思ってた」

と投げ掛けると、千代はまた困った顔をした口を開いた。


「嫌いになるの嫌だったんだ。けど、ね、お母さんが人間を嫌いだって思うのは普通の感情だよって言ってくれて、お父さんが、俺なんか嫌いなやついっぱいいるぜ、とか知ってるよ、もうってこと教えてくれて、誰か嫌いな僕を受け入れるのも大切だなぁって思ったんだ」

だから僕は嫌な奴だけど、嫌いな人がいる自分は好きになってあげたいよ!! と千代は満面の笑みで溌剌と答えていた。
ああ、やっぱりこのすべてを悟りきったようなところが苦手で堪らない。胸にくる。
俺も友夏里のこと好きだなぁって思ったことがあるんですが? と尋ねると、千代は衝撃を受けたような顔をしながら「あのね、阿部くんと雄山くんのはぜんっぜん違うの!」と力説を奮っていた。

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