07





Aの2ゲートへ行くと出場選手で犇めきあっていた。長距離という不人気のジャンルであるからか、運動が不出来な人間には任せられないと判断されたのか、運動部の屈強な連中が並んでいる。文科系の僕は異質だな、と思いながら、地面に腰掛けようとすると、声をかけられた。

「よぉ、イインチョウ」
「坂本……お前、長距離だったんだな」
「いや、そこはチェックしてるんだから、覚えていろよ」
「冗談だ。知っていたよ」
「ほんと、苛立たせる奴だな、イインチョウって」

調子に乗った坂本がそう告げてきたので、僕は無言になり、三角座りをした先にある地面を眺めた。こいつは、あまり得意ではない。歴代ジルの自称友達の中でも特に不得意な部分に入る。盲目的で、同等。ジルの魅力から溢れだす財産のお零れが目的ではなく、純粋にジルを慕い、友情を過信する男。苦手だ。

まぁ、この男からすれば僕はジルに友人失格らしいから、気が合わないのは致し方ない話かも知れない。


「なぁ、イインチョウ」
「……なに」
「お前さ、ジルのことどう思ってんの」
「幼馴染、腐れ縁、以上」
「はは、嘘吐きめ」
「嘘なんかついてないさ」

何が言いたいのだと、坂本を睨む。一つ前の競技は恙無く行われ、体育祭の熱に浮かされる連中の声が聞こえる中、僕と坂本は一つ下の所に居た。
砂埃が双眸を横切る。鼻腔を燻る。耳朶にあたる風は切れそうだ。人工的で、冷めている。
坂本はワザとらしく、鼻の下に息を溜めて、大きな溜息を吐きだした。嫌気がさす。はぁーという音が聞こえてくる。

「ジルってさ」

片手を乱雑に差し出す。体育祭中だというのに、指から離れない指輪が目についた。ジル、と名前を読んだ時の彼の声は劣情を孕んでいて、自分に酔っている声だ。劣情と言っても、彼はジルとセックスしたいとか、そういう感覚は持ち合わせていない。
彼はあくまで、友達としてジルを扱い、同等のジルを置くが故に、自分自身を見失っているに過ぎない。

「凄い奴だろ。けど、可哀相な奴じゃねぇか。俺さ、あいつを救ってやりたいんだよ。あの能力をもっと生かす場所があるって俺は思うんだよ。もっと、陽の当たる場所っていうの。普通の、大事なものを教えてやりたいって、俺は思う訳だよ。それを得られたら、あいつ……ジルは、もっと輝けると思うわけ。判るか」

背景を何も知らない人間の戯言だ。けど、強ち間違っていない。だが判るようで判らないので、無反応を貫いていると、坂本は再び溜め息を吐きだす。

「んで、俺、考えたわけだよ。あいつの、足、引っ張っている奴がいるんじゃねぇかって」
「なにが言いたい」
「だから、それ、お前だろ。イインチョウ。お前が、ジルの足、引っ張っているんだよ」
「その確証、どこにあるって。それに、僕とジルは幼馴染ってだけだ。今、四六時中べったりしているのは、お前たちのグループだろ。僕は偶にしか一緒に居ない」
「放課後独占している奴が良く言うな」

坂本は嘆いているのか、憤怒しているのか、判らない含みを持たせた肉声で言い切る。
真っすぐに澄んだ歪みない双眸に僕は砂を投げつけてやりたくなった。
事情を知らない人間が好き勝手言い切りなよ! 結局、お前が知っているジル・トゥ・オーデルシュヴァングなんて、僅かでしかないのに。放課後、僕が独占出来ている時間なんて僅かだ。
あいつの、一番は、いつも決まっていて、ホームルームが終わると一目散に帰宅する姿を見ているじゃないか。
僕と一緒に。
教室に片隅で。それで、どうして、僕が放課後を独占しているなんて勝手な台詞が吐けたんだ。この頃の僕はあいつの、性欲の捌け口でしかない、のに。何も知らないくせに。僕の気持ちを。自分勝手な推測で語るな。


「別に、独占、して……なんか、ないさ」

やっとの思いで吐きだした言葉は、切れの悪い。反撃の狼煙を上げるには、あまりにも覇気のない言葉であった。

「あっそ。別にイインチョウが無自覚ならそれで良いんだけど。ま、あんまりジルを誘うなよ。迷惑だって判ってるだろ」
「誘ったことなんかないさ」
「じゃあ、ジルの方からお前を誘っているってか」
「基本的にいつも、そう、だよ」

苦々しく吐きだすと坂本は、何か納得した顔つきになり、にやりと笑った。嫌な顔つきだ。付け入る隙を見つけ、他人を痛めつけてやろうと模索する人間の顔つき。

「なるほどね、理解、理解」
「なにが、だよ」
「お前、自惚れてんなよ」
「っ――!」
「ジルがてめぇなんか、誘うわけないだろ。お前、ジルの恩恵にあやかっているだけのくせに。チョウシのるなよ」
「調子になんか、乗ってないさ」
「いいや、乗ってるな。さっきだって、お前さぁ、ジルが真っ先にお前の所に来てくれて嬉しかっただろ。満たされただろ。キメェんだよ。ジルは別にお前じゃなくて良いんだよ。放課後だって、幼馴染とかいう下らない縁で、ジルを引きとめて一緒に居るくせに、テメェは勘違いして、ジルから誘ってきたとかいうし。間違うなよ。お前、じゃなくても、ジルはいいんだ」

目を背けようとする坂本は僕の腕を掴み、強制的にこちらを向かせようとする。
坂本が言っていることは、適当で、背景を知らない人間の戯言であるけど、聞き流せない。それは、こいつがジルのことを真剣に考え寄り添おうとしている人間だからだ。的を得ている、いや、僕が恐れていた所を突き刺してくる。その言葉に孕まれた過程をすっ飛ばせば、間違ったことをいっていないのだから。

僕は、自惚れていた。

認めるさ。自分にどれだけ、自惚れるなと言い聞かせても、嬉しいわけがない。だって、ジルが、僕のことをまるで特別かのように扱ってくれたから。あの、ジルが。
恥かしい。他人から(坂本だからというのもあるが)見ても、浮かれていた自分という存在も。優越感に満たされ、関係を拒絶できなくなった自分も。心に引っかかった感情を模索するのを止めた自分も。
他人に指摘され、今の関係が随分と、歪で可笑しい物だと知る。


「好い加減、あいつを解放してやれよ」

その言葉は僕があの母親にいつしか思い描き、懇願した言葉でもあった。まさか、僕が吐きだされる日が来るとはな。





『――長距離1キロの選手、入場です』


アナウンスが入り、僕らは立ち上がる。僕より幾分も大きく、ジルと同じくらいの身長をした坂本の影に包まれた。
やる気も走る気も起きない中、一人だけ冷めた中に投下され、今までの冷静を装っていた自分が、浮かれていることに気付いた。










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