美友と雄山 | ナノ



俺は小さな人間だ。認めるのは癪だが反抗期に餓鬼みてぇな態度を家では撒き散らしているし、嫌いな人間だって沢山いる。しかも嫌いな人間の殆どが自分の自尊心を傷つけられたという嫉妬心からきているのだから手に負えねぇ。
自分が小さな人間だと気づいたのは中学二年生の多感な時期で。小学生の勉強なんて、たいして努力しなくても90点以上余裕で取れていたから侮った。成績は一気に下がって、ぼろぼろ。親父に惹かれて始めた訳じゃねぇけど、入部した弓道部での成績も奮わなかった。嫉妬心を抱いて周囲が敵みてぇに見えてきて、もともと、短気でキレやすかった性格と、家の事情が周囲に暴かれたのとで、何時も一緒俺たちは親友さ! みてぇなノリで一緒にいた野郎には遠ざかれた。別に友達がいねぇわけでも、クラスでボッチ扱いでもなく、程よく仲の良い連中はいるが、俺が誰かの一番であるなんてことはなかった。
そこで汐らしく蹲っている可愛げがある俺でもなかったので、奮起した。性格を治すには一か月くれぇ経ってから無理だと悟った。生まれ持った性質だ。そもそも、友人との関係も「そこそこ」の仲で済ますようになっちまって、そんな野郎にどうやって人間的に成長する機会が巡ってくるというのだ。
だから俺はとりあえず出来ることをやる為、自主練を始めた。勉強も。弓道も。一位に輝けることは滅多になかったが成績は努力するぶんだけ上がっていった。万能ともいえない脳味噌だったが、自分の自尊心を折れない程度に補強することは出来た。
朝起きて、走りに出かける時間は好きだ。耳元のイアホンから流暢な英会話が聞こえる。
ご飯を食べるときは好きだ。三十回以上噛むように食事へ挑むようにしている。
朝練習の時間は好きだ。誰もいない道場は清閑な空気に包まれており、弓をひくといつもより、撓りが良いように思える。
学校でノートをとっている時間は好きだ。如何に判り易いノートを取るか工夫を凝らしていられる。
部活の時間も嫌いじゃねぇ。自分より実力が上の人間から力を盗める機会だ。
放課後、誰もいない道場で弓を抜く瞬間も好きだ。的中! と自分の心の中で雄々しい声が響き渡る。
皆が自転車を乗り継ぐ帰宅道、一人だけ走って帰るのが好きだ。夜の空気は朝より淀んでいて星空が見える。安全の為、夜は英会話のCDを聞いていない。
規則正しさの中にも自分を保つ為の一直線な努力が見え隠れする。それが結果となり返ってくる時間が好きだ。
けれど、そんな時間を過ごしていたら、何時の間にか、唯一無二の友人どころか、放課後遊びに行く奴もいなくなり、昼食を囲んでいる友人の話題についていけず、自分ひとりだけ遊びの予定に誘われないなんてざらにあることになった。悪意がないのが偶に答えた。
友人がいないというほど、友人がいない訳ではない。コミュニケーションが苦手だというほど苦手というわけでもない。
まぁ性格は変わらないし、自分でも器が小さくて要領が悪いなってのを感じる時さえあるのだ。
仕方ないことだが、努力した結果が俺の意にそぐわないものが返ってくると無駄に落ち込む。俺ってなんだっけって空虚な気持ちになって、適当にそこにいたヤツに八つ当たりする。
だから、美友は久しぶりに出来た友人だった。胡散臭い奴だと思ったし、俺の規則正しい生活を乱してくるウザい奴だとも思っていた。けど、家で預かっているという身なので面倒は見てやらなければいけないという責任感に駆られていた。
美友は俺に少し似ていた。
今思えば、あれは共感を得るための作戦だったんだろうが。俺に少し似ていると思った。努力しても結果が返ってこない所とか。コンプレックスを抱いてしまう所とか。そんな中で間抜けに笑っていて少し凄いなぁコイツとさえ感じていた。
けど、惚れてしまったのはきっと一緒に花火をしていた時に俺が従兄弟である友夏里について話したとき、コイツが馬鹿にしなかったからだ。バカにせず、俺の自尊心を護るために築き上げてきた規則正しい生活のことを鼻で笑わなかった。内心、馬鹿にしていたのかも知れない。日本の、なにも知らない餓鬼の愚痴なんて聞きたくなかったかも知れねぇ。

けど
「嬉しかったんだ」

どうしようもなく。
誰にも話したことのない気持ちを受け止めて貰えた気がして。なに話しても受け入れて貰えるんじゃねぇだろうかっていう。
作戦だったんだろう。だから俺が抱いた気持ちだって錯覚だってのは判っている。
証拠みてぇに美友は躊躇いなく俺を攫った。一度目は静と協力して。目覚めた俺は椅子の上に腰かけさせられていて、あいつらのたくらみを全部きかれた。
泣き喚く俺の腹に蹴りを入れて前髪を掴んだ。痛くて堪らなかった。人から初めて暴力的な行為をされた。昔からあんな家に住んでいるわけだから腕がぶっとんだオジサンとか、リンチされる組員とか、借金のかたに連れてこられた女が強姦される所とか見てきたけど、自分の身に降り注ぐなんて想像していなかった。
俺は腹を蹴られ、指を反対側にぽきりと折られ、そうして籤をひき、ボディーガードであるジョンの両腕を切り落とされた。
鮮血が目の前で染まる。自分はどうしてこうも甘ちゃんなのだろう。あの家に生まれたのだから、そうして得た金で飯を腹の中に納めていたのに覚悟だけ足りなかった。都合よく境界線の外に出れる訳がなかったのだ。
頭の中で誰に語るわけでもない謝罪文が巡り巡って、俺は死ぬんだとか、死ぬ直前まで小物だから助けに来てくれない家を恨んだりとか、視界は落ちて行ったのに、幸運なことに俺はしなかった。


死ななかったから少しだけ俺は変わったんだと思う。相変わらずコンプレックスの塊で器は小さい、強情で意地っ張りで口は悪くて甘ちゃんだけど、覚悟を背負う決意をした。
この家に生まれたから背負っておかなければいけない覚悟だ。俺なんかが背負うには大きすぎて堪らない、覚悟を。





「この前みたいに、びーびー泣かないんだ」

美友が俺の前で優雅に笑う。二重人格っていうのはやっぱり嘘だった。そんなこと気づいていたけど、俺はつくづく、自分自身に甘い。
椅子に身体を拘束され、頬っぺたを爪で引っ掻かれる。美友に心を抉られる言葉を散々、投げかけられる。泣いてしまいたくて仕方なかったが、奥歯を噛み締めて耐える。

「誰が泣くかよ。てか、なんで俺のこと連れてきたわけ。殺せば良かっただろう?」

殺されるくらいの心構えは出来ていた。誘拐されてキセキの生還を遂げてから、自分自身の家についても勉強したから。殺されることが当たり前くらいの認識はあった。迷惑かけるくらいなら、舌を噛み切って死ぬのも良い選択だろう。

「気に入っているからわざわざ連れてきたんだよ、殺すわけないじゃん。けど、ほら、雄山も好きでしょう、俺のこと」

自信満々に言われる。抱きしめられ耳朶の横で囁かれる。蛇みたいに体中を蹂躙する嫌な声が鼓膜から入ってくる。泣きそうなくらい顔が真っ赤になった。嫌だとふざけんな! と叫びたかった。誰が好きかよ! と奥歯を噛み締めて、違う、お前なんか好きじゃねぇと、さっきより泣きたくなった。

「好きじゃねぇよ、もう」

数秒後に呟けたのはこんな台詞だ。
美友は興味なさげに「ふ――ん」と行って部屋の外へと出て行った。

嫌いになって憎んでやったら、潔く自殺でもできるんだろうけど、あの時、錯覚でも抱いてしまった気持ちが忘れられない。美友は嘘だって言っている。俺もあの時、美友がかけてきた言葉にはたくさんの嘘が含まれていたんだろうって。けど、誘拐されて接しているうちに嘘はいっぱいあったんだろうけど、素の部分もあったんだろうということが判ってきて、ますます、嫌いになれずにいる。
恋愛なんて錯覚だ。
体調の変化を恋だと思い込むのだ。
けど、中々、この思い込みが冷めないから厄介なのだろう。俺みたいな一直線で視野が狭いタイプにはとくに。

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