静と神奈 | ナノ




妄想するのが好きだった。最強の自分は魔法使い、最強の自分はピアニスト、最強の自分はオリンピック選手。兎に角、自分がなれないような存在に憧れて空想した。空想している時間は楽しかった。一人、部屋の中に閉じ籠っていても出来ることだ。
教室に行くと、どうしても存在感がない自分を自覚する。僕というのは酷く存在価値がない人間のようで、誰かと友達になったことすらない。良くあることなんだけど、グループを作れと言われると必ず忘れられる。皆、悪意あってやっているわけじゃない。僕という人間の存在感が薄くて忘れられることが良くあるのだ。自覚するのは悲しいけど、数年後、同級生を思い出そうとしてクラス名簿を捲って見ると、名前だけが存在感を放ち、ああこんな名前の子を良く成績表が張り出される時に見たけど誰だったっけ。顔が思い出せないや、と皆の心に申し訳ないけど喉元に小骨が引っ掛かったような不快感を残してしまうような人間なのだ。
僕の唯一の特技と言えば、名前と勉強くらいだった。名前は「御手洗 神奈」という。ミタライカンナと読むのだけど、オテアライカミナと読まれる方が多い。 「ほらトイレの地味なやつ」と言われることが多かった。
勉強は座学が得意だった。机の上で繰り広げられる空想上の理論は僕が一人でする妄想のようだ。それに、勉強は一人でも出来たから。誰も相手がいなくても、ノートと問題集さえあれば時間を潰すことが出来た。
だから、もっと勉強が出来たらという、空想の中で繰り広げられる最強の僕はいなかった。代わりに運動がまるで出来ない僕はもし僕がオリンピック選手だったら、という果てのない妄想をした。
僕の頭の中で繰り広げられる世界でいつだって僕は輝いていた。注目のまとだった。透明人間ではなかった。

けれど、いくら妄想したところで現実の世界には敵わないということ、妄想が現実になってしまった所で僕が期待した通りに行かないことは知っていた。

僕はどうしようもない奴だから、可哀想な僕に浸るのも嫌いじゃなくて、虐められたり、両親が死んでしまったりする妄想をしたけど、現実になると困った時に助けてくれるヒーローは現れなかった。
両親は僕が高校一年生の時、事故で死んだ。十字路を右折する時、居眠り運転をしていたトラックとぶつかったのだ。警察の人によると即死だったらしいが、僕にその情報はなんの慰めにもならなかった。祖父母がまだ生きていたので、葬式の準備をしてくれた。葬式を盛大にするより僕の学費に回した方が良いだろうと言われ、小さな小さな葬式が行われた。それから、僕は祖父母が住む田舎で三年間暮らして、仲良しだった祖父母はまるで僕が旅立つのを待っていたというように、大学一年生の春と秋に追うように死んだ。遺骨を抱えるのは既に三度目になり、大粒の涙をだばだば流したけど、現実は代わらなかった。


僕は妄想する最強のヒーローにもヒロインにもなれず、惨めな姿のまま、今を生きている。
妄想しても現実は変わらないんだということを深く知った。現実が妄想ほど甘くないということも。


今は都内の小さなアパートに住みながら大学に通っている。私大だけど僕のような親無しには優しい奨学金制度がある日本有数のマンモス校で相変わらず友達はいない。影のように生きている。僕の所属するゼミは賑わっていて、良く呑み会をするんだけど、明らかに人望があり誰にも平等に接しているような、Sくんにさえ僕の存在感は薄く良く忘れられる。いつものことだから、既に慣れた。
祖父母と暮らしていた三年間で独り暮らしが出来るだけの常識と家事能力は手に入れたから、特に困ったことはなかった。


けど、本当はずっと寂しかった。寂しいと胸を張って主張したかった。誰か僕に、妄想の中、以外で気付いてほしかった。なんて、我が儘なんだろうと思いながらも、願ってやまなかったのだ。


そうして僕は出会った。アパートのゴミ捨て場に落ちていた少年と。少年は僕なんかと違ってヒエラルキーの頂点にいるような容姿と存在感だった。けど、その様子から関わったらダメな世界の人だというのは良くわかった。傷だらけで頭から血を流していて、雨に濡ていて身体を暫く洗っていないのか臭い。皆が気づかないふりをして立ち去っていく。他人事の世界にいる人だ。
この手を取ったら、妄想の世界通りいかない現実が僕に容赦なく降り注ぐだろうと生唾を飲んだ。今、僕が夢見ているような都合が良い世界は待っていない(例えば彼がとても優しくて実はお金持ちで、とか、そんなのだ)。だけど、僕はこの人の手を取った。
我が儘を言わないから、こんな、存在感があって特別な人に僕という人間を一瞬だけでも認知して貰えたら、それだけで幸せに死ねるんじゃないだろうかと、泣きそうになったのだ。


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