高峰と男 | ナノ




中学生時代から一緒だったAくんの場合


「アナタみたいな人に僕の気持ちなんかわかりませんよ」

目の前で男が泣いていた。俺と親しかった男だ。俺はコイツのことをそれなりに大事にしていた。中学生の時から同じクラスで、隣の席だったことをきっかけに仲良くなった。喋り掛けると顔を真っ赤にして、自己紹介をされたのが出会った切っ掛けだった。俺が喋り掛けると、コイツはいつも顔を真っ赤にしていた。赤面症なのかと尋ねたことはない。俺くらいの美形が前にいて顔を真っ赤にするのは当然だと思っていたからだ。ただ、その眼差しが美しい存在を崇めるのではなく、熱の籠った欲望をこちらに向けてきた時は、面倒だと溜息をついた。
俺は面倒事が嫌いだ。呼吸をする時すら面倒なことがある。一日を寝て過ごし、食事をする為だけに起床したいと考えるほどだ。常識から逸脱した、精神状態の男であることは自覚している。俺は、他人と比べるとこの美貌や人並み外れた知識、感情に至るまでズレている人間なのだ。
それを可哀想とか、自分は不幸だとか、そんな面倒なことは考えたことはない。俺はいつだって、俺にしかなれないのだから、他者と違うなど小さなことに悩んでも仕方ないのだ。世の中にはそれが判らない人間が多いから他人と比べ劣等感を持ち苦しむというアホな真似をして生きている連中が多い。俺に弟もそのタイプでことある事に「兄貴はええよな、そりゃええよな!」と怒鳴っている。怒鳴り感情を主張出来るだけ、弟は正常だ。
目の前の男はそうではなかった。感情を押しつぶすことに慣れていたし、自分なんか……と己を責めるタイプだった。だから俺に対して恋愛感情を持っていてもけして主張することはしなかった。
別に俺はこの男が恋愛感情という面倒事を俺に対して持っていたからと言って、コイツを否定するつもりも突き放す予定もなかった。中学、高校、大学ときて、この男とはずっと一緒に居たし、空気のような軽い気遣いが出来る男の傍にいるのは嫌ではなかった。俺を慕っての行動に対し、それなりに感謝をしていたし、面倒だからという理由だけで八年以上続く友情を切り捨てるほど、実は薄情な人間でもなかった。
コイツは告白してこないだろうと考えていた。告白すれば俺との関係が崩れてしまう事を察していた。頭の良い奴で、俺はコイツのそんな所も好きだった。しかし、告白すれば俺は振る覚悟というのも持っていた。
告白、というのはある程度、勇気がいることだ。自分の心を一つ相手に対して曝け出すのだから。考え方によっては排便を他者に見せるのと同じくらい羞恥を伴った作業なのだ。俺はそんなことをしてきた男に対して、曖昧な返事を持って接するのは失礼だと考えていた。誠意を持って、応じてやるのがこの男に出来る最大限の愛情だと。
男は大学を卒業する直前、二人で夜中、甘いカクテルが有名なバーに飲みに来ている時、告白した。足の届かない長い椅子に腰かけ、油断すれば一口で飲み終わるチェリーが硝子に刺さったカクテルを口に運びながら、一大決心だというように震え、俺に対する気持ちを吐露した。

「好きです」

熱を孕んだ声が俺に届く。俺は「ありがとう、けど気持ちは受け取れない。悪いな」と返した。男は眸をぐしゃりと歪ませて泣きだした。一度でいいから抱いてくれと懇願された。俺はこの男の要求に答えてやることは容易いことだと判っていた。どのような、切羽づまった想いで男が俺に対して懇願してきているかを。震える手を取りながら理解していた。
けれど、俺は男を押し返した。駄目だと告げた。「抱くことは出来ない―――」その理由を続けようとしたときに、冒頭、俺が回想していた台詞を言われた。

「アナタみたいな人に僕の気持ちなんかわかりませんよ」

涙をため、いいや泣きだし男は俺の前から去っていった。普段の俺なら追いかけることはないだろう。面倒なのだ。面倒で、走るということは体力を使うのだから。暫く悩んで瞼を閉じると男と共にいた十年間の想いでが頭の中で過り、お金を置いて、椅子から立ち上がった。
脚は早いし、男の行動パターンを読み取ればどのように逃げるのか想像出来たが、走るなんてことをしたのは久しぶりだ。俺に走らせやがってあの男――という怒りが湧き出してきたが、胸の中で留める。

「おいっ――」
「な、なんで」

男は公園にいた。
公園のブランコに腰かけながら泣いていた。昔からコイツの行動は変わらなかった。喋ることが苦手で集団に馴染むのを不得意とする男は中学生の時から落ち込むと公園のブランコに腰かけて泣いていた。

「最後まで話、聞けよ。俺はお前のことがどうでも良かったり適当な人間だったりしたら、抱かせてやったし、抱いてもやった。けど、そうじゃないからお前と寝ることは出来ねぇし、お前のことを恋愛感情で好きになることも出来ねぇから振るっていう選択肢しかねぇ。同情して、ずるずる付き合ってお前が幸せになるとは思わないからだ」
「……高峰くん……」
「確かに気持ちはわからねぇよ。そもそも、人の気持ちなんてわかるかよ」

言い切ると男は「高峰くんらしいね」とぽつりと漏らした。俺らしいなんて科白がこの自信がない塊みたいな男の口から出るのだ。俺はそんな相手を見捨て塵クズのように扱うことも、同情だけで更に傷つけることも出来ねぇ。


「けど気持ちには答えられねぇ。悪いな。ただ、自分がダメだったからとか、自分は攻めるな。人としてならお前のことは好きなんだから。恨むんだったら俺を勝手に恨めよ」

そう言って、男の頭を撫でた。男はじんわりと涙を流して俺の手を握ってきた。「少しだけこうさせて」と言った。俺のことを恨んでいるのだろうか。俺のことを愛しているのだろうか。目を閉じた男の感情なんてもの、俺が完璧に理解することなど不可能だが、走ってまで追いかけてきた男の気持ちが少しでも収まれば良いと、濡れる手のひらの気持ち悪さを耐えた。

男はその後、俺の元から離れ数年経つと、俺が経営する会社へと戻ってきた。なんで戻ってきたんだよと煙草を吸いながらいうと「アナタのことを敬愛しているからです」と清々しい顔で告げてきた。


某出版社営業Bさんの場合



脚に縋りついてくる男を薙ぎ払った。俺にこんな男を近付けるなんて、秘書課も随分、温くなった。最近、弛んでいるのか。俺への愛情が足りないのではないだろうか。そう、思う。
男は某B会社の営業だった。B会社は弊社と親密な関係にある会社で部下たちも疎かに出来なかったのだろう。社長と会う必要があると熱心に説得され、社長室でケーキを食べる俺の前に連行してきた。男は自社の製品をプレゼンした。俺は自分の会社の利益になるかどうかを判断しながら面倒なので十部ほどお情け程度に買い取って撤退してもらおうと考え、書類を制作し判子を押した。早く帰れと欠伸をしながら告げたが、男には聞こえなかったようで土下座をして、血みどろな眼差しで俺を見てきた「た、高峰様、高峰様」と狂ったように告げる男は必至だったが、汗が付着したお凸を脚の付け根に当て擦られ堪忍袋の緒が切れた俺は男を蹴り飛ばした。
飛ばされた男は壁にぶち当たって後頭部を強打した。物音で部下たちが駆け込んでくる。皆が一様に高峰様! 高峰様! と述べてきて煩いが、まぁ許してやることにする。部下たちは後頭部を壁に強打したというのに、泣き喚く男を確保した。

「高峰様、高峰様、お願いです、お慕い申し上げているんです。ここで雇ってください、せめて、せめて、俺に営業させてください、もっと一緒にいて下さい、高峰様、高峰様―――!」

断末魔みたいな声を叫ばせながら男は連行された。秘書課のまとめ役が謝罪を申しながら、男の経緯を説明してくれた。男は俺の会社を受けたら一次試験で落とされ、俺を慕うあまりこのような行動に出たのだろうということだった。
俺はその話を聞いて、そう、と思った。じゃあ俺の声が聴けて、俺と話が出来て、俺の大切な十五分を裂いてあげたんだがら、さぞ幸せだっただろうと秘書課のまとめ役に漏らすとさぞ感動したような声を上げられた。煩いな――。
俺は情に深い方ではあるけれど、他の一次試験で落ちるような無能に裂いている時間はない。俺の会社の入社試験は一応、立ち会うことにしている。面倒だけれど、どれだけ俺の手足となって働くに値する存在かを見極める必要があるし、信頼できる人間でないと仕事というのは任せられないものだ。
ほんと、無駄な時間を過ごしちゃった。

「今日は、もう帰って寝る」
「ダメです。高峰様。もう少しだけ社長室に居て書類に判子押してください」

そう言ってきたのは、中学時代から知り合いな男だった。今では常務の役割を果たしている。俺が気に入っていて(というか、もともと、面識があって)能力がある奴は自然と役職を与えられるくらいの実力は発揮する。副社長は俺の幼馴染である女が務めている。別に贔屓などしていないが現状に満足はしている。
意見を言ってくるのも大抵、こういう奴らで、まぁ判子を押すくらいはと書類を受け取って許可を通す書類にだけ判子を押していった。

ああ、あとで今日のことを材料にしてB会社と契約を結び直そう。




そういえば風のうわさで、俺の足首に縋りついてきた男が会社をクビになりパチンコ中毒になり借金まみれになった挙句、自殺したと聞いた。副社長に聞かされたといった方が正しいが、罪悪感など抱く筈もなく、煙草を吸った。


弟の幼馴染Tくんの場合


「凄いことに気付いた」
「え、何に気付いたんですか、高峰さん」
「いや、俺と輝彦と、美琴の彼氏である琢磨。三人ともイニシャルがTから始まってる」
「あ、ほんまですね、ってことは」
「美琴だけ仲間外れかって思ったら面白くて笑えてきた」


弟の家に遊びに来た。暇だったから部下に送って貰った。マンションの最上階にヘリで降り立ったんだが、美琴に「せめて車で来たらええやん―――!」と嘆かれた。なんで嘆く。まぁ一般人はヘリで移動しないからなのだろう。美琴の器は相変わらず小さい。
今、美琴は俺が「プリン」と一言零したのでプリンを買いに走っている。相変わらず自分の弟とは思えない程、ちょこまか動く奴だ。俺は携帯電話で部下に買ってきてもらうくらいの行動力しか持ち合わせていない。

プリンを待っている間、美琴が外出する前に置いていった麦茶とゼリー、ポテトチップスを食べながら他愛無い話を輝彦とした。俺は口を動かすのが面倒になってきたので、寝ころびながら輝彦に「怜子さんとはどうなっている」と尋ねると好き勝手喋り出した。こいつら弟たちは勝手に喋るから楽だ。美琴も今ハマっているアニメはなんだ? と尋ねるとこっちが聞いていようと、聞いていないと関係なしに喋りはじめる。無言のままでも良いのだが人の声を聴いていたかったからこの家にわざわざ来たのだ。

「輝彦」
「ん、なんですか?」
「自分で対処できないことがあれば言えよ」

面倒だが、まぁ協力してやらないこともない。輝彦は人の力を無償で借りるという行為があまり好きではないので、滅多にないと思うが。

「それ美琴にも言ってやったらどうです?」
「言ってもアイツ馬鹿だから中々、頼ってこねぇし、頼りたくなったら馬鹿だから勝手に頼んでくるだろ――」

弟のことを思い出し、俺にお願い兄貴――と言ってくる図々しい奴はアイツだけだ。
輝彦は言わないと誘いに乗ってこないからな――という目で眺めていると、年下らしい表情を見せていた。
なんだか暫く無言が続き、眠たくなってきて瞼を閉じる。美琴が煩い声を出して帰ってくるのだが、俺が寝ているのを発見して「嘘やん! この炎天下のなかプリンとアイス買い集めてきた俺の苦労は一体なんやったんや」と嘆いていた。まだ、ぎりぎり起きているので起こせばよいのだが、美琴は「冷やしてから起こそ」と冷蔵庫がある方へと駆けていったので、俺は夢の世界に大人しく落ちることにした。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -