トラと帝 | ナノ




トラの傍にいると心臓が震えた。僕はいつもより緊張して、鞄を持つ手が震えていて、身体が奥の方から熱かった。中学生の時はこんなことなかった。僕は鞄を握りしめながらトラの傍にいたから。
高校生になって、僕とトラの間には隙間が出来た。
しょうがないことだ。
僕はトラのことを好きになってしまった。僕はトラとのセックスで射精することが出来るし、性欲を孕んだとてもいやらしい眼差しで彼のことを見てしまうんだ。けど、トラにとって僕はそういう対象じゃない。
トラが愛おしいほど、痛々しいほどの眼差しで幼馴染としての僕を嫌っていないのを知っている。寧ろ、トラは優しい人なので、出来損ないで役立たずで生きている意味さら判らない僕のことを、幼馴染というだけで邪見にしないし、振り払って逃げたりしない。僕のことを、トラなりに愛してくれようとしている。トラは男同士が恋愛感情を抱くことを本能的に否定してしまう人だ。
しょうがないことだと思う。
それは生まれてから刷り込まれてきた教育の成果なのだ。トラは感受性豊かな人で、他人が発する空気を察してしまうくらい敏感な人だ。男同士の恋愛がダメだとされている世間において、そんなトラが拒絶反応を抱かない方がおかしな話。トラは僕を否定しながらも優しさに押しつぶされながら、僕を拒絶して突き放すことが出来ない。その好意にぶらさがっているのは僕の方だ。
僕が離れてしまえば、トラは悩むことがないのだ。僕がトラは僕以外の人と付き合って恋愛をして幸せになってそれを眺めているだけで良いという、素晴らしい精神の持ち主だったら良かったのに。ぶらさがっていることが出来る間は彼の傍をはなれられないでいる。
けど、僕はしっかりと心を固める準備をしなければいけない。僕がトラにキスをする。トラは僕にキスを返してくれる。名目上付き合っているのだから、トラは僕に答えてくれる。男の人なので、僕の身体を抱きしめてくれる。女の子と違って冷たくて骨と皮だけの身体を抱きしめ、必要とあらば義務のように抱いてくれる。早く達しないかと、待っている。僕はそれに答えたくて早く射精をする。
僕はいつか現れるトラが恋愛感情として好きな人を瞼の下で妄想する。彼女が達するのをトラはきっと待っていてくれるんだろう。自分の性欲だけを抑えず、彼女が気持ち良さそうにするまで、トラは楽しめるのだろう。
その人を妄想して、良いな、と思う。妄想しておかなければ、離れる準備が出来ないので、僕は静かに妄想する。
もうちょっと、もうちょっとだけ、傍に置かせておいて下さい。もうちょっとすれば、僕は離れていって、彼が最も愛せる女性と出会って幸せになる光景を幼馴染として応援して、祝福で涙を流すことが出来るんです。





帝と喋ってるとイラつく。ウゼー。口調が、舌足らずで良く切れてる。昔はもっと、ハキハキ喋ってたじゃねぇ――かよ! って唾飛ばして、イカクしてやりたくなる。帝が俺の傍にいると無駄な教科書とか体操着とか上靴とかゼンブ、ゼンブ詰め込んだ鞄を握りしめて何かに耐えている。
コイツと付き合うようになってから、一応、一年経った。俺は大学生になったし、帝も大学生になった。しょうじき、この子は俺と一緒の大学に行くのだと信じていたから「東大を受けるんだ」って、小さな唇から吐き出したとき、衝動的に壁を殴ってこの子の頭をかち割りたくなった。正気に戻れって! 俺は言葉で伝えるの苦手だから、行動で示したかったけど、柴田とかいたし、さすがに帝に暴力振るうなんて真似できないから、黙った。
家に帰ると、俺が食べるのか食べないのか判らねェのに、出来立てのゴハンが並んでる。帝のメシは俺の家族と違って、コイツの家が愛されて和気藹々と育ってきたお家の子しか出せないメシでちょっとぬるま湯い。けど、別に嫌いじゃねぇ。けどけど、嫌いじゃねぇ。口に入れると、ウメーし、俺の好みは知っているし、嫌じゃねぇ。帝はさ、昔から俺を怒らす天才でもあるんだけど、俺を怒らさない天才でもある。俺のこと良く見てる。ホント、世界中の誰よりも(親よりは確実に)俺のことを見てるんだろうって思う。この子は俺の些細な変化にも気づくし、俺が嫌なことしねぇし。ああ、けど、帝が俺のことをじぃっと見てくるとイラだってイラだって、しょうがなくなる。
この子からの愛情が重くて、お前はさっさと俺との正しい関係性に気付いて、俺に向けている愛情を正しいモノに直せよ! そしたら俺は全部受け入れることが出来るだろうが! って怒鳴ってやりてぇ。帝! どうしちまったんだよ! って言いてぇ。けど、けどけど、帝はどうにもしていないって澄ました顔して、ちょっと困ったようして、俺を困らせたって表情みせずに頭下げるんだろうよって思う。
アノサ、んで、最近ちょっと帝の調子が変だ。俺をみねぇ。見てるけど、以前のような眼じゃなくて、なにかを諦めたいような眼で見ている。俺のこと、なにしてんだって思う。あの目が嫌で嫌で、嫌で! 堪らなかった筈なのに、見てこねぇとイラ立つ。なんだよ、俺がなにしてようと、お前には関係ないってか、なぁなぁ帝、どうなんだよ。帝。


「トラ、ごめんね、僕……もうちょっとしたら、ちゃんと諦めるから。僕、あのね、僕はトラに幸せになって欲しいから、僕にずっと付き合わせていたらダメだっていうのは、知っているんだ」

ちゃんと、最近、まともに俺と会話してなかったのに、帝はソファーで寝てると思い込んでいる俺の真上でなにか喋っている。俺は聞こえているけど、帝がぼそぼそ喋るから聞き取りにくい。イラだつ。ハッキリ喋れよ、テメェ。


「しょうがないことだから、もうちょっと待っててね」

最後の声だけちょっと大きめにして帝は立ち去ったかと思うと、俺の上にタオルケットかけに戻ってきた。かぶせられたタオルケットは少し湿ってて、アーー? 今日って雨降ってたっけと、思いイラだつし、寝ることにした

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