メルと美代 | ナノ



三日連続で、違う男を助手席に乗せた。


私が車を購入したのは実家へ出戻りしてからだ。
みーちゃんが国を捨て子どもと一緒に実家へ戻ってきたという情報を聞きつけて住んでいたマンションを解約して、実家の扉の門を叩いた。もし、普通の家というのがあるのなら、私が出戻ってきた所で迷惑だと怪訝そうな顔をされるのだろうけど、我が家は素晴らしい家なので、私が戻ってきた時も温かく受け入れてくれた。
長男である慈雨だけが自分が護り育てていく予定だった「家」の予定プランが狂ったことに眉を顰めたが、彼が内心、嫌ではなく、昔のような雰囲気に戻ることの居心地の良さを畏れているだけだというのは判っていた。
実家へ戻ってまずはじめに購入したのは、車だ。私の通うオフィスは実家からだと電車を6回程乗り換えなくてはならない。私にはそれが酷く不便だと感じた。東京の出勤時間に電車に乗るということは必然的に満員電車へ巻き込まれるということだ。そんな事態は避けたかった。
だから私は車を購入した。
始めは、家にいる父親の物を借りようかと考えていたのだが、父親は目を細めて「ダメだよぉん」と甘い声を出した。視線をずらしていくと、その先へ母さんが居て、なるほど彼の車を運転するのは「ジル」にだけ与えられた特権であり、母さんが嫌がることなのかと理解すると車を借りようという気は起らなかった。
購入した車は父親や慈雨が保持するBMWやベンツといった高級車ではなく、普通の女の子が乗っているような軽自動車だった。日本産。色は明るいオレンジ。後部座席には意味のないクッションが置かれている。
偶につぐみが「乗せて」と慈雨がいないときか、慈雨と喧嘩してきた時に頼む為、その時、後部座席に腰かけるつぐみが弄り愛でるぐらいにしか役に立っていない。オシャレだから別に構わないのだ。因みにつぐみが助手席へ座らないのは恋人であり夫でもある慈雨が嫌がるから。つぐみは意外と慈雨の嫌う事を滅多にしないのだというのは出戻ってから気づいたことだった。いつもつぐみの方が我儘を言って、迷惑をかけて(ああ、もちろん、そこが可愛いのだけれど)困らせているような印象を幼い時は抱いていたが視野が広がると違うものも見えてくる。

私はこの、可愛い自分の愛車がそれなりに気に入っていたが、三日連続で男を横に乗せることになり、しょうしょう車を購入したことに対して、うんざりしてきた。溜息を吐き出したいレベルだ。
そもそも、なぜ三日連続で男を乗せることになったかというと、三人の男に連続で告白されたからだ。目下、家族への愛情を注ぐこととに忙しい私は恋人所の話ではないので断った。だが、彼らは執念深く皆が同じ職場の先輩であり、同僚であり、部下であるという立場から強く断りづらかった。結局の所、縋るように「お試し期間をくれ」と泣き叫んできた。同じ「お試し期間」でも祐樹くんがしていたお試し期間とはずいぶんと違う。この男達は計画も立てず無謀な体当たりのまま、私へ挑んできたことだ。自己愛の為に良くやるなぁと関心もする。本当に好きなら私の気持ちをくみ取って引き下がってくれれば良かったのに。
けれど根が真面目な性格だ(と自分では思っている)ので、承諾したからには最後まで付き合うことにした。私は日替わりで自分の愛車に彼らを乗せ、夜のドライブへと旅立つのだ。三人とも違う人間なので、一緒に居るとそれなりに楽しい。話題性も豊富な人ばかり。私へ告白してこようという人なのだから、自分に対してそれなりに自信があり、頭の回転も速い。饒舌に喋るその声に耳を傾けているのは苦ではなかった。

しかし、いつも妄想してしまうのだ。
今、助手席に座っているのが、彼女であったなら――と。
彼女は運転中の人間へ、喋り掛けることを良しとしない。「危ないでしょう。事故にあったらどうするの」とよそ見運転をしていると注意してくるくらいだ。ドライブへ行くと、静かなラジオの音楽だけが流れてきて、私はラジオの内容を下らないと聞きながら、クスリと笑う彼女の笑みに、潮風があたる場所まで車を走らせたくて、たまらなくなるのだ。
彼女を乗せる運転は、他の人を乗せるより緊張して、冷や汗がでてきて、嬉しくて興奮してたまらなくて。考える隙間もない感情が私の中で交差するのだろう。

車を始めに手に入れた時、彼女に乗って欲しかった。さりげなく、仕事へ出かけようとする彼女に対して「送っていくよ」と誘ったのだが、鈍感で生真面目な彼女は「別にいいわ。気持ちだけ受け取るね」と言って玄関の扉を開けてしまった。そうだ、彼女は満員電車に乗ろうと、六回乗り換えがあろうと、いつも自分の足で歩いて、家を飛び出していく人だったということを思い出した。
後姿が、家にいつまでも依存していると勝手に思い込んでいた彼女がある日、突然「結婚するの」と言い出し、一人で身支度を済ませ、知らない間に話を進め、家を飛び出して行った彼女のある日の光景と重なった。
彼女―――みちゃんは、そういう人だ。
自分のことは自分で決めてきたし、素直になるまで時間がかかるのに決断してからは行動力があって、驚くくらい私たち家族へ優しいのに自分の中にある優先順位をしっかりと知っているから、大切な場所だって抜け出していくことが出来る人。
そういう人だから、私はとても好きで、彼女が実家へ出戻ったと聞き、真っ先に飛んで帰ってきたんだ。
会いたくて堪らなくて、彼女を苦しめて奪い去って愛情を与えた夫が憎たらしくて、お蔭で私はどんな人を助手席に乗せても、いつも彼女が幸せそうに笑う妄想をしてしまうのだ。
私が彼女を幸せにしてあげたい。私が彼女と幸せになりたい。

昔はこの容姿で童話に出てくるお姫様みたいな恋に憧れた(だから私は祐樹くんのことが真剣に好きだったのだ)が今は、童話に出てくる王子様になって苦しんでいる、み―ちゃんを城の中から救い出したい。


けれど、無理な話だと知っている。
彼女が私の助手席に座ることはないのだ。座って運転している間に、微睡の中へ誘われ涎を垂らしている気の抜けた彼女をみて、私がくするとその顔を独り占めすることなどないのだ。
彼女はいつだって、時間はかかろうと、一人で立ち上がって、立ち上がる度に強くなる。一度決めた彼女の中にある優先順位が二度と覆らないことくらい、幼い頃から彼女を間近で見続けていた私は、とっくに知っていた。




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