輝彦と怜子 | ナノ




皇族でいるとまるで神様が存在しているかのような眼差しを向けられることがあるのよ。私がただ歩いて、喋って、笑って、座って、呼吸をしているだけだというのに。彼らにとって神様が、自分の目の前を通り過ぎていくかのような錯覚を味わうのよ。なんて、可笑しなことなんでしょうね。私はただの人間だというのに。けれど、私はそれを義務であると受け入れてきたわ。皇族に生まれてきた宿命というものね。私は九条家へ嫁いだ身ですから、正式なお仕事も少ないのですけれど、お仕事をするときは、皇族の名字など持たない、怜子として、檀上に立つのです。檀上は時には晴れやかなステージの上ですし、時には仮設住宅の畦道です。どこでも私が立つといことで、檀上になるのです。背筋を伸ばされ、きりりとした眼差しでお立ちになり、私は優雅に自分が裕福であることに対しなんの疑いも持たないという眼差しで、このお仕事をこなすのです。

「辛いことってないんですか?」

辛く等ありません。
不可思議には思います。彼らが同じ人間である私のことを、奇妙な神様をたたえるような眼差しで見つめることは。けれど、それに対して疑問に抱くことは間違いですから。首を傾げたことは内緒にしておいて下さいませ。私は辛いなどと感じたことがないのです。

「ホンマですか、それ?」

嘘をついてどうなるんです。貴方は本当におかしなことを言う子どもね。私は常に自分の心へ対して素直であることを人生の主軸に置いてきたような人間ですわよ。嘘をつくなどということ、有り得ないことです。もちろん、計算を孕んだり誰かで遊んだりするときは平気で嘘をついて欺きますが、人間なんて、ええ、女という生き物は得にそんなものでしょう。

「別に弱音吐いても良いんですよ。俺、怜子さんの弱音だったら聞きたいです」

本当に変な子ね。弱音など……――ああ、思い返せば私は一度も吐いたことがありませんわね。初めて、萬斎が他の男と寝室で馬鍬っているところを見た時は怒鳴りつけましたし、敬愛していた祖父が死んだときも寝室で一人泣くということで乗り越えましたし、悪意を持った人間が我が家の門へ火を放った時は犯人を逮捕するため躍起になりましたし(もちろん逮捕しました)弱音を吐くということをするより前に行動してすべてを終わらすのが私流のやり方ですから。我慢などして、誰かに隙を見せて得することなどないでしょう。ですから、私は弱音を吐き出すことはしないんです。

「違いますよ、怜子さん。アンタは今まで弱音を吐いたことがないんやないんですわ。怜子さん。アンタは、弱音吐く人がおらんかっただけとちゃいます?」


叱られるのを覚悟して言う姿勢は素直に評価して差し上げますわ。本当に、妙なことを言う子だこと。失礼なことを私に申しあげていることを承知の上でそんな台詞を吐き出すのですから、やはり度胸があるのね。幼いながらに私は貴方のそのようなところが嫌いではありませんよ。まったく、萬斎や浅一郎にそのような肝心な度胸を差し上げて欲しい所ですわ。彼らは思慮深く日本男子らしく見えるくせに、いざというとき役に立たない所まで遺伝子で受け継いでしまって、残念だと考えていた所ですの。
しまったわ。話がずれてしまったわね。
貴方の言葉にきちんと向き合うのなら、貴方のそれは思い上がりよ。まるで、自分が弱音を吐く人になるのだから良いんです、そのような台詞を吐き出すつもりなのね。そのように誘導したいんですね。けれど、残念ですわ。私は本当に弱音など吐かなくても生きていける人間なのです。

「そうですか。そういう意図もありますわ。すみません。けど、怜子さん。俺は嘘をついて陥れてまで貴女に頼って欲しいわけやないんですわ。俺のいうてることは、嘘やないですよ。嘘やないのは、貴女が一番、知ってますやろ。だって、怜子さん、泣きそうな顔しているやないですか」

貴方の視力が悪いのよ。
あら、ほら、だから私に近寄るのはやめなさい。誰が触っても良いと許可を下したと思っているの。止めなさいと言っているでしょう。確かに私には弱音を吐く相手などいませんでした。萬斎は、気の知れた唯一の友人でありましたが心預けるには寂しい相手ですし、息子相手にそのような愚痴を吐露することはできません。素の私を見せられる相手など、限られていますので、貴方のいうように、誰も傍にはおりませんでしたけれど。そこまで弱く生きてきたつもりはないのです。
だから、離しなさい。
私より、何歳も年下のくせに。ああ、手は意外と大きいんですね。
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