つぐみと透 | ナノ




「祐樹はカッコイイでしょう」

と自慢する透の話を聞きながらストローで林檎ジュースをつぐみは啜った。向かい側に座り、ジャズが聞こえるレトロな昼下がりの喫茶店で、いつものような会話を繰り返す。
じゅっと林檎ジュースを啜りながら祐樹くんはカッコいいけど、僕は嫌だな、と思いながら聞いていた。
昔からの幼馴染で、祐樹の腕が鶏がらのように細く枝みたいに圧し折ってしまえる時期から知っていたが、つぐみが祐樹に対して恋慕のようなものを抱いたことは一度たりともなかった。飯沼祐樹という人間は虚ろな蝋人形のような幼少期から、今の溌剌とした好青年に至るまで、つぐみの興味をそれほど惹かなかった。もちろん、人間として嫌いではない。尊敬もしているし、好きだが、恋愛感情に発達するほどの魅力が祐樹に隠れているかというと「NO」と首を振るしかない。
ずっと思っていた。誰もが好青年になった祐樹を否定することなく、彼の行動こそが、善行であると貫き通す時期から。
祐樹くんのは、結局、他人のまねごとじゃないかと。
容姿は義父である柴田の真似事であるし、彼が身に着けている社交性は柴田を見て盗み取ってきたものだ。例えば、祐樹の服の趣味がある時期から一変したことがあった。皆は似合っている祐樹の装飾品を褒め称えていたがつぐみは、自分がない軟体動物のような人間を見ているようで気持ち悪かった。あの筋肉で覆われた体の中に、骨は入っていないように映った。祐樹が服の趣味を変えたのは、義父である柴田の趣味が変化したからだ。流石に同じブランドの服を着ることはしなかったが、似た傾倒の服装をして「似合わないよ」と愛想笑いをしながらも、自分のものにしていった。似合わないよ、とほほ笑むたびに、つぐみは、本当は似合っていると言って欲しいのに可笑しな人だと思って話を聞いていた。そんなに暴かれるのが怖いのだろうか。
同じく義父である和人からは、人間を量る為に必要な計り器を借りてきていた。彼の中で義父の存在は多く、無意識のうちに祐樹は人間を見るときに義父たちの面影を重ねている。思えば、恋人である透と中々上手くいかなかったのは、こうして和人を自分の中で誰かを見るときの判断材料にしていたせいだとつぐみは思っている。もう、祐樹の中で染みついていて、どうしようもないことだと判っていても。
そんなオリジナリティーがない模造品だけの存在に興味は惹かれない。

皆が祐樹を絶賛するのは、オリジナリティーに改編を加え、自分のものにしてしまうからだ。彼が纏っているものが、自分自身で作り上げ磨け上げたものだと誰もが疑わない。彼はいつも完璧に振舞っていた。そんな風に完璧を装う祐樹は魅力こそ感じなかったが、嫌いではなかった。つぐみが好きなのは努力することが出来る人なのだから。
けれど「好き」にはならなかった。盲目に無意識のうちに慈雨へ依存するように好きになっていたというのもあるが、つぐみは、あんな博愛主義者を愛することが出来ない。
一番に自分のことを見てくれない人など、つぐみの中で不要なのだ。つぐみを優先することもなく、仕事を選択したり、つぐみの前で他の人と同等につぐみを扱ったり。つぐみ以外に向ける優しさの範囲が広すぎる人間になんて、これっぽっちも興味をひかれない。
慈雨は違う。暴力的であるし、脅える顔を見るのが好きだという、気持ち悪い性癖の持ち主だが、つぐみのことを優先して物事を考えている。彼は確かに博愛主義者で他の人間にも優しく振舞っているが、優しさの中には明確な順位が存在して、つぐみはそれを知っていた。慈雨が好きなのは自分だけだ。幼い頃はそれが判らなく、美代のことが好きなのだと勘繰ったりもしたが、今ならば断言できる。駄々を捏ねて他と差をつけて愛してくれるよう懇願したかいあって、慈雨は傍から見ていて誇張しすぎだというくらい、わかりやすく、つぐみを優先して一番に持ってきてくれる。自分が好きなのはつぐみだということを判らしてくれる。
きっと、これがないと、駄目なのだ。僕が好き? と尋ねて「つぐみしかいらない」と断言してくれるような人でなければ、つぐみは必要としなかった。
祐樹が放つ科白なんてもの安易に想像できる。「好きだよ、透が」おそらくこれくらいだ。一番、ねぇ、一番、と尋ねてようやく一番だと答えてくれる。そんなもの、いらない。いらないものだ。

「けど、ゆ、祐樹くんはみんなにやさしいよね」


つぐみが脳内で色々考えても、吐き出される言葉なんて、たったこれだけだ。
スオウの恋人である初を見ている度に、あんな風に溌剌に意見をいえれば楽だろうにと思う。透と喋っているとやはり彼は透くんの子どもなんだということを強く意識した。自分の血が濃厚に出ているであろう、桜とハイネには若干、申し訳ないことをした。きっと、二人は、こうやって様々な言葉を脳内で廻らせて黙ってしまうタイプの人間だ。

「うん。優しいよ。マジで優しくされた相手に対して、なんで祐樹がそこまで優しくしてやらなきゃいけないんだって思うけど、だから、祐樹は良いんだ」
「だから、良い、の?」
「うん。だから、良いの」

そりゃ苛立つし、祐樹ばかり理不尽な目にあっているみたいで悲しいし、そもそも、祐樹の優しさを受け取らない奴もいるし。祐樹はそのたびに傷つくし。マイナス思考なのに、人間と関わるのやめないし。関わる度に傷ついて帰ってきてるのに。祐樹がそんな思いしなきゃダメだなんて馬鹿みたいだけど――

「だけど?」
「うん、だから、良いんだ。祐樹ってかっこいいよね」

結局、そこに落ち着くのだとつぐみは思った。
透は既に食べ終わったケーキの皿を見つめ、もう一皿頼んでも良いかと、店員に「ショートケーキ」と告げている。美味しかったから祐樹に持って帰るのだという透は、珍しく可愛かった。つぐみが高校時代にあった儚げな雰囲気を纏っている透の姿はそこになく、愛が満ち溢れているようにつぐみは映った。
透と話していると、自分とは全く違い愛の形がやはりあるのだと良く判る。
無性に慈雨に会って抱きしめて欲しい気分になった。



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