女とナリ | ナノ




好きな人が出来た。
恐ろしいほど、綺麗な人だった。稜線が整った鼻に、瞬きをすれば影が出来る瞼。切れた瞳が笑うと小さくなり、目尻に皺が出来た。薄すぎず、太すぎない脣。透き通るように白い人種の違う皮膚。
私が勤める会社の取引相手として現れた彼が運んだ紅茶に砂糖をおとす指のなんと美しいことか。白く伸びた指先に桃色の爪を見ると、子宮が思わずきゅっと締まった。お伽噺の王子様のようで、流暢な訛りのない日本語を自由自在に操る彼を見ていると現実をすべて失った。
立ち上がると痩身が際立ち、筋肉質な身体をしているくせに、華奢で折れそうな風景を瞼に抱かせたのだ。

彼とは仕事で関わる機会が増えた。私の会社と彼の会社が提携を組んだのだ。同時進行で仕事が進み、どちらのスケジュールも把握している秘書が交換し配属されるようになった。私が所属している会社は私を派遣してくれた。強い志願が叶ったのだ。
自己紹介をした時に、彼は「お茶を出してくれた人ですね」と名前を覚えていてくれて、私は有頂天になった。フランス人が冷たいなんて誰が言ったのだろうか。その後の仕事でも彼はとても優しかった。脈があるのかも知れないと勘違いしてしまうほどに。彼は優しかったのだ。
理想の王子様が現れたと自惚れても仕方なかったと私は言い聞かせる。


仕事が一段落した時に私は勇気を振り絞って、彼を食事に誘った。異性を食事に誘うなんて久方ぶりのことでヒールを履いた足が小鹿のように震えた。書類を握っていた指先が赤く染まっていた。気合いをいれて作った化粧も情けない顔になっていたと思う。
別に私は自分みたいな人間が付き合えると思うほど、自惚れてはいなかった。フランスに帰ってしまう人だと知っていたから、日本にいる間だけでも、食事に行ったり遊んだりに、付き合って貰えるだけで嬉しかったのだ。少なくても、それくらいの好意は持ってくれていると思い込んでいた。
食事に誘った私を彼は眺めた。値踏みされたのかと思ったが、言語の意味を捉えられないといった顔つきだった。
彼は平然と。常識であるかのように、述べた。淡々とした口振りは焦った様子もなく、いつものように優しさが詰め込まれた言葉だった。


「なぜ行かなければならないんですか。仕事でしょうか」


柔らかいと思い込んでいた敬語が胸を突き刺す。彼は本当に私と食事に行く意味が、仕事以外で見出だせないといった口振りだった。
私は顔が真っ赤になった。周囲から笑われてもないのに、哄笑が聞こえてくるようだった。耳を塞いで瞼を閉じてしまいたかった。
無理矢理作った笑顔で誤魔化すように冗談だということをアピールした。惨めな自分の影を久方ぶりに見たようで、胃の中が洪水を起こした。
家に帰って泣いた。そりゃあもう泣いた。思い上がっていた私が恥ずかしかった。彼が私に優しくしていたのは仕事と一環だったのだと、玉砕してから、ようやく気付いたのだ。
しかし泣き終わると「期待させるような行動とるんじゃねぇよ!」と逆怨みが始まった。お酒が入っていたせいもあるだろう。扉をあける前に前にでて開けてくれたり、然り気無い化粧の違いを誉めたり、私がした行動すべてを好意的に受けとって言葉に直して伝えられたら、誰だって思い上がるに決まっている。ちぇっ。なんだ、アイツ。期待させやがって。むかつくーー。あーー、もう!!
憤怒を抱き、一人で騒いだあと、布団にくるまって、ため息を吐いた。少し落ち着いたのだ。
私は彼について考え、あの口振りでの返答に優しくするのが彼の中での常識なのだと悟っていった。寝転んだベッドに雫が垂れている。優しい、優しい彼だが、彼の中にある、優しさの常識から外れると、途端に興味を失ったモノを見るような眼差しになった。上部だけの、自分の中にある優しさだけで生きているのだ。どうしてだろうか。大学生時代の就職活動を彷彿させた。私にとって就職活動とは内定を取るためだけのもので、仲間と群れる場所ではなかった。しかし、仲間は自然と出来、人間の輪が構築されていく。プライベートでなんか遊ばないのに。駅まで来ると本屋に行くとか理由をつけて別れるのに。メールアドレスを交換したり、自分の上部だけを全力で評価してもらうようアピールして、仲良くなったふりをする、気持ち悪い場所だ。彼の優しさはそんな本来なら一時の優しさがずっと持続している。素晴らしいことだが、気付いてしまった今となっては、気持ち悪いものだ。彼は自分以外大切ではないのだ。全人類に優しさを振り向くのが常識だというがのは、そういうことなのだ。
布団を抱き締めながら、きっと、彼についてのことを自分が可哀想だという慰める気持ちで考えた。



翌朝は酷い顔で、ぼろぼろになった身体に鞭を打ち立ち上がった。
よく立ち上がった。偉い! と自分を誉めて出社した。












当然のことながら、彼との仕事は続いた。一年以上経つと、麻痺したのか吹っ切れたのか痛みはすっかりなくなった。
ある日のことだ。深夜にカップラーメンが食べたくなりコンビニに行くと、彼がいた。
コンビニを利用することに意表をつかれ、私が見たことがない表情で店員を見つめる彼がいた。
笑顔だけじゃない。優しさが詰まったものじゃない。彼の世界を構築する常識が変化し、すべてコンビニの店員へ注がれている。
笑っている顔の下に隠されたのは、彼の欲望だった。コンビニの店員を犯したくて、自分のものにしたくて、甘えたくて、甘やかされたくて、欲望をすべてぶつけたいのに、押さえている。押し殺された分が、笑顔に滲み出ていた。きっと、この人には優しいだけじゃないんだろう。
我が儘を言いたいし、執着するんだろう。この綺麗な男が足にすがり付いてコンビニ店員に這いつくばるのだろうか。
気持ち悪い部分を私は初めて目撃した。
彼もうんこやオシッコを排出する人なんだと理解した。


てか、ゲイかよ!
ホモかよ !
そりゃ、私に興味ないよ!
あのコンビニ店員も、そりゃあもう綺麗な顔をしているけど、男の骨格だもんね。つーか、メンクイだな。美しい顔は美しい顔に弱いんだ。やっぱり。

ここでコンビニに入ってカップラーメンを買っても良いんだけど、気まずいな。見つかったら嫌悪感たっぷりの目で見られそうだし。

仕方ない、帰るか。
肉にならなくて良かったじゃないか! と清々しい足取りで帰路を辿った。

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