祐樹と透 | ナノ




肩を落としながら薄暗いリビングの机で祐樹はお茶を注いでいた。晩酌じゃない所が祐樹らしいと思いながら、透は背後へと近寄り、祐樹の肩を叩いた。

「なに落ち込んでんの」
「え、ごめん」
「謝ってほしいわけじゃないよ。まぁ、そこが好きだけど」

話を聞くよ。透は椅子をひき、祐樹の隣に座る。本当は君が起きてきてくれるのを少し期待していたという眼差しで祐樹は透を見た。判り易い人だな。透は湯呑にお茶を注ぎ、一息ついてから祐樹の話を聞く準備をした。
話してもらうのは嫌いじゃない。寧ろ、好きだった。祐樹は昔から、我慢することに慣れている。これはもう生まれ育った環境のせいなので仕方ない。母親と父親から暴力を受け、うす汚い服を着せられ恐怖に耐え抜くしかない場所で生まれ育ったのだから。我慢するということが彼の根本にあっても、致し方ないことなのだ。
それに、透は祐樹の、そうやって我慢する所が好きだ。祐樹だったら、どんなところでも好きだが、彼が苦痛に耐え抜く力を蓄えていること、自分で考えて動くことが出来る人であること、解決する術を模索し、実行する力があることを尊敬していた。やり過ぎは良くないと思うが、結局、祐樹が悩んで決めた行動なら透にとって何一つ問題ない。それは、いつトイレに行くかとか、昼食をいつ食べるだとか、僅かな決断や行動のすべて。祐樹が決めたことなら、透はその所作のすべてを愛してやまなかった。

「実はね――」

祐樹は語り始めた。
今日はトラ・トゥ・オーデルシュヴァングの家へ足を運んでいたので、どうせ、トラ繋がりだろうと察していたが、案の定だった。祐樹はトラの家で聞いた彼の過去を透に対し、淡々と語った。女癖が悪かったこと。暴力ばかり振るっていた日々だったこと。トラの妻である帝が記憶を失うまで彼は自分の気持ち(同性である帝を好きだといこと)を認められなかったことを話した。
祐樹には初めて知る事実。幼い頃から慕っていたトラの過去を明かされて驚いたというのもあった。衝撃的だった。祐樹が知るトラという人間は、強く逞しく、そのくせ陽気で気前が良く愛妻家としてのイメージが強かったからだ。
けれど、それ以上に、祐樹は自分と置き換えて「俺がトラさんのようにならずに済んだ」ということに安堵したことを恥じていた。身を覆って小さく蹲り消えてしまいたいほどの恥が襲いかかったという。人間なんてどんな風に枝分かれしているか判らない。もしかしたら俺も……――という妄想をして、他人の過去に文句をつけるような自分自身にも、違ったという安堵を抱いた自分にも、祐樹は見損なったと自身へ評価をつけた。
透は祐樹の話を聞きながら、内心では「なんで、そんな風に勝手に妄想して、しかも置き換えてとか、随分と妄想力、豊かだな。それに、その話は俺が聞いても最低だから最低って思って普通だ」と怒りの矛先を既にトラへと向け始めていたが、祐樹の背中を撫でた。

「別に悪くないよ祐樹。普通。あとさ、悪かったなって考えられるのは良いんじゃない」
「そ、そうかな……」

今言えるベストの答えだ。祐樹は自分を認めて落ち着かせて欲しいだけなのだと、透は背中を撫でた。きっと、昔はこうして養父である和人に甘えていたのだろう。それとも、完璧を目指し続けた彼は隠し続けたのだろうか。弱い自分の心を。
可能性として高いのは後者だと、祐樹の背中を撫でた。
祐樹の相談はとても面倒だ。年々、弱弱しくなっていく。付き合いだしたころの、男前で完璧な姿しか透に見せなかった祐樹はすでにいない。そんな、完璧がなくても、透が祐樹のことを愛する気持ちは変わらなかった。もう、充分幸せなのに、祐樹が自分を頼る度に、もっともっと幸せの貯金は増えていく。

「寝る?」
「そうだね透……ごめんね」
「いいよ別に。悪いと思ってるならキスして。悪いと思ってなくてもキスして」
「そんなことだったら、いくらでもさせてよ、透」

ちゅっと啄むキスをしていく。男の骨ばった堅牢な手のひらが透の頬っぺたに触れ、お決まりのように、耳の裏を中指と人差し指で挟んだ。
絶妙のタイミングで舌を侵入させ、絡み取っていく。

「寝る前にベッドで」

と囁けば、平然とお姫様抱っこされる。先ほどまで、蛆虫のように悩んでいた人間と同一人物とは思えない。引き摺るときは引き摺るのに(いや、今も本当は引き摺っているのだろう)頭の切り替えが出来る人だ。
慰めてもらったお礼に精一杯ご奉仕してくれるらしい祐樹に身を委ねながら「五回以上ね」とつぶやくと、少し困った顔をした。


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