ハイネと桜 | ナノ






首筋をなぞると首輪のようにナイフで切られた傷跡が浮かび上がっていた。紅色に染まり、皮膚を修復する為に縫い合わされた身体に僕は乾いた笑みを放った。
掃除機をとってコンセントを突き刺す。電流がびりびりと機械を動かし、一緒に死のうかと一人囁いてみた。
一人でぽつんといると僕はずるずる嫌な方へ思考が飛んでしまう。悪い癖だ。
ハイネくんと一緒にいる時には、スオウくんと張り合う道具にされた自分とか、首を切りつけてまで強奪した幸福の先とか、他にも様々な理由でずたぼろにされてきた身体を可愛がりよくやったと褒めてやることが出来るのに。
思い返せば僕はなんて小さな幸せをいつも護るために必死なんだろうかと窓辺を見詰める。
普通の―――僕が普通でいられることなんて、生まれた所から書き換えないと無理だけど。普通の女の子や男の子なら、こんな、折り紙で築き上げた城塞を、護るために、汚ならしい身体になったり、誰かの行動一つで、ダメになったりしないんだろうな。
ハイネくんは、なにを考えているんだろう。雲のような人だ。掴もうと思えば消えてしまい、窓辺から差し込める陽が身体を不透明に押し付け、さっきまで傍にいたと思ったのに、いなくなってしまっている。
ほら、九条さんのことだって。なんで嫌なの? とハイネくんは尋ねる。だったら君は僕と寝たことがある人と、二人きりで会っても良いっていうの!! とヒステリックに怒鳴り返してやりたい。僕と付き合っている時にだって後ろを犯されたくせに! 記憶がなくなっていた時だけじゃないじゃない! 浮気っていうんだよ! と叫びたい。ハイネくんはきっと、きょとんとした顔で赤ん坊が指をしゃぶるみたいに人差し指を咥内に突っ込んで、こちらを見てくるのだろう。桜だって喜んでたじゃん。ホームレスとかに犯されてた時、なんて言ってきそうだ。好きで犯されてたんじゃないの、とか、好きでなはずないでしょう、じゃあなんで言わなかったの、言えなかったの、そうなんだ自分がないんだね、桜、桜桜、桜、桜
ぐるぐる回る。
可笑しいな。僕が護りたかったのは最低限の幸せなだけなのに。どうして、こんなに生け贄を支払っても、幸福にはなれず、掃除機をかけているんだろうか。
掃除機の耳障りな音がスイッチと同じように、僕の人生も終わらすことが出来れば良いのに。
幸せになれないなら、一時の幸せに浸りながら、再び首を切り裂いても良いかも知れない。
ハイネくんが九条さんに会うからだよ。ハイネくんが人を殺すからだよ。ハイネくんが他の人を好きになるからだよ。ハイネくんが僕を不幸にしたんだよって、八つ当たりながら。
けど、不思議なことに、僕はハイネくん以外に抱かれても気持ち悪くて舌を噛みきってやりたくなるし、ハイネくん以外の顔をカッコイイなんて心から思っているわけでもない、ハイネくん以外が甘えてきたら気持ち悪いし、ハイネくん以外に料理を振る舞うのは面倒だと思っている、ハイネくんにだけキスしたいし、ハイネくんと抱き合っていたい、ハイネくんと一緒に寝たい、ハイネくんと幸せになりたい。
ここで死んでいたら、僕は幸せになれるんだろう。横たわって、彼に抱き締められ埋葬され、僕がいなくなった世界で生きる彼を妄想して恍惚に浸る。
けど、だめだ。だめよ、僕、私。
そんなのハイネくんが可哀想じゃない。そんなのハイネくんが幸せになれないじゃない。そんなの僕の身勝手じゃない。僕、貴方と幸せになりたいの。バカみたいだけど、貴方の幸せを一番に思ってるんだよ。
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