トラと帝 | ナノ



花屋の帝くんはトラが帰ってくるのを待っている。薄暗い蛍光灯に囲まれて、佐治くんとお喋りをしながら、トラくんが帰ってくるのを待っている。トラくんが帰ってくる少し前に、佐治くんの携帯電話がぴこぴこ鳴って佐治くんは帰っていく。ほんの数秒、帝くんは一人になるのだ。
玄関で帝くんはトラくんを待つ。がちゃり、と商社マンを装ったトラくんが大きな鞄にスーツを着て帰ってくる。帝くんは荷物を持つ。「お疲れ様でした」「おお、別に」「ご飯にする、お風呂にします?」「飯かな」なんて他愛無い会話を交わす。
トラくんは台所の椅子へ。帝くんはお洋服と鞄を終いに行く。戸棚に鞄を収納しようとすると、トラくんから受け取った鞄から女の子のマニュキュアが零れ落ちたけど、帝くんは気づかないふりをして鞄に戻す。早く台所へ行かないと、お腹を空かしたトラくんが待っているからだ。
てとてとてと。
帝くんは走る。お腹を空かしたトラくんの手にはナイフとフォークが握られていた。今日はトラくんが大好きなハンバーグだ。チーズもたっぷり乗っている。もちろん、特大サイズであるから、トラくんのお腹を十分に満たしてくれる。その他にも、サラダに野菜、デザートまである。トラくんが楽しむためにビールもある。瓶いっぱいにビールは詰まっていて、トラくんはそれをお水のように、がぼがぼ飲むのだ。帝くんは今日あったことも、自身の食事と共にお話していく。お花屋さんへ午前中は出勤した、午後からは佐治くんと図書館へ行ってお勉強して、帰ってから家の掃除をした。料理もつくった。いつも通りの平穏な毎日だ。帝くんはまれに、うっかり、トラくんへ「今日はなにをしていたの」と尋ね返してしまう。その時に、トラくんが顔を顰め困ったような表情になるので、聞いてはいけないことなど、何回も頭の中で念じるようにしているのだ。効果はいまいちで、帝くんは自身の不甲斐なさを良く恥じているのだ。
ご飯を食べ終わるとお風呂に入る。一緒に入るときもあるし、別々の時もある。今日は別々の時だ。帝くんがお皿を洗っている間に、トラくんはシャワーを済ます。浴槽に浸かりたいときはたいてい、二人一緒にお風呂へ入る。トラくんがあがってくると、帝くんが入る。出来るだけ素早く入る。けど、トラくんが触る所は丁寧に洗う。丁寧に、丁寧に。後ろの穴に指を突っ込んで、トラくんのおちんちんがいつでも入ってくれる準備をする。
あがると、夜の営みが待っている。トラくんと帝くんは夫婦なのだから、当然なのである。帝くんはトラくんにしがみ付く。薄暗い中で、帝くんの視界には女の子がつけたであろうキスマークが残っていて、胸の中にじんわりと糸が刺されてしまった。じゅくじゅくする脳味噌を振り払うように、帝くんはトラくんが中に挿ってくる感覚にしがみ付く。
トラくん、トラくんは浮気をする。トラくんは浮気を平気でする。帝くんはそれを知っている。始め、トラくんが自分とセックスしたくないんだと思った。トラくんは帝くんにとって、ずっとずっと王子様みたいな存在だった。救世主だった。けど、トラくんはトラくんでしかないことも、帝くんは、ずっとずっと帝くんのおちんちんが取れないのと同じくらい当然の如く知っていた。
だから、トラくんが浮気をした時に、帝くんは自分以外の人間とセックスをするトラくんに対して、付き合わせていて悪いなと、思った。けど、それが勘違いであることをトラくんに求められる中で悟った。トラくんがとても優しい人間だという結論に帝くんの中でいたった。そんなこと随分前から知っていたが、自分が判っていないトラくんの優しさを発見した。トラくんは中国で、帝くんが浮気しているトラくんを知った時、とっても悲しそうな顔をしたのを見た。トラくんはそれから帝くんに女性とセックスしているということを隠している。自分に不快感を与えないために、隠してくれているトラくんのことを帝くんはとても優しい人だな、と思った。
そんなことだから、帝くんはトラくんが身体にうっかり残してくるキスマークとか、女性特有のお化粧道具を見ても、気付かないふりをすることにした。トラくんの優しさに帝くんは直向きに答えたかった。けど、それなのに、ずきずきとする心臓が邪魔だなぁと帝くんは感じていた。どうして自分は完璧に出来ない落ちこぼれなんだろうと、不甲斐無かった。
トラくんの背中に帝くんは腕を回す。
トラくんが帝くんが欲しいもの全部に答えてくれることはない。帝くんだって欲をいえば浮気を止めて欲しいとか、隠し事をしないで欲しいとか、いろいろあるだろうに。帝くんはただ「トラが一緒にいてくれるだけで良い」といいながら、笑っているのだった。帝くんにとって、いつも悪いのは自分だけだった。帝くんは多くを望まなかった。心の底から。帝くんは「トラが一緒にいてくれるだけで良い」という気持ちでいっぱいだった。一緒にいてくれるトラへ自分はなにが出来るのかということを、必死で毎日、考えて、行動しているだけで幸福だった。
けれど、佐治くんなんかは帝くんの生き方を見て「苦しい」という。「トラに言えばいい」と忠告する。帝くんはいつも首を傾げて、もらいすぎは駄目だよ、と諭すようににっこりと笑うだけなのだった。
帝くんはトラくんの背中に傷が残らないように耐える。奥歯をかみしめて、快楽の中に、トラと一緒にいる空間へ浸っていく。
けれど、けれど、トラくんも知らない、佐治くんも知らない。帝くんしか知らない。帝くんはこっそり、こそこそ、一人の時に、ぽろぽろ泣いているということを。トラくんがつけてくる女の人の、残り香とか、キスマークとか、化粧品とかを想像して、しくしく泣いているのだ。それが嫌な自分が、帝くんが最も嫌うものだった。
しくしく、しくしく、泣きとおしていると、五分くらいで落ち着いてくる。涙は止まる。帝くんは良かったと安堵する。
帝くんは早くトラくんが帰ってきてくれるのを待つ。トラくんはいつだって帝の心の半分以上を占めている。嘘。ぜんぶ、ぜんぶ帝くんはトラくんで出来ている。トラくんを好きな帝くんで全部、出来ている。トラくんが笑うと帝くんも嬉しい。だから今夜のおかずを考えながら、おいしそうに食事をしてくれるトラくんを妄想して、笑っていたりするのだった。
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