九条とハイネ | ナノ


※教授と大学生





「センセイ」

教壇の上に立ち、陳腐だが滑稽、円滑に子守唄のような話をするだけだった教授の名前を親しくハイネが呼ぶようになってから一カ月経過した。
研究室が詰まった建物の薄暗い螺旋階段を上っている途中だった九条は脚を止め、振り返る。

「ハイネ」

痩身だかしっかりとした骨格に、発達した筋肉を服の隙間からちらちら見せるハイネが立っていた。口角をニヤリとあげ悪だくみを脳髄で繰り広げる子供のような笑みだが、彼の脳みそが筆記試験やレポート課題で見せる利発さとは裏腹に白雉であることを九条は十分に理解していた。
つま先を蹴りあげるようにハイネは階段を登る。授業時間。ただでさえ午前中は登校している教師の数も少なく生徒もいない。閑散とした場所に足音が児玉する。

「なぁ、スル?」

片仮名で発音された言葉。蛇が体に纏わりつくように体を密着させ、肩に手がおかれる。全身を黒衣で纏ったハイネとは対照的に、白亜のスーツに身を包む九条。遠目から見ても、よく生えていた。
九条はにやりとほくそ笑んだあと、ハイネが肩にまわした手を振り払う。拒絶の合図ではなく、ゆっくりと踵を返し、背中で語るように自身の研究室へ脚を進ませた。


拒絶がないのは許可の証である。
鉄の扉といわれる各部屋の音を完璧に遮断する能力を持つ扉を閉める。コンクリートで立てられた部屋は時期を問わず冷えており、換気しないと空気が溜まる。通常なら登校してすぐ、窓を開け一晩の間に溜まった空気を入れ替えるのだが、九条は自身の椅子に腰かけた。
黒く艶がある革を覆ったソファー型の回転する椅子に背を倒し、ハイネを招く。招かれるがままにハイネは歩いてきて、跪いた。
長い舌が咥内から顔を出す。九条が教えた方法ではない。ハイネは九条にこのような行為を強制される以前から、男性同士のセックスのやり方、男を誘惑させるフェラチオのやり方、すべてを把握していた。

教壇の上と教室の椅子。
それだけの関係だった二人の関係が歪に変化したのは一カ月前。学区内に住みついていた猫をナイフで切りつけるハイネを九条が見てからだ。研究室で早朝から行わなければいけない用事があり登校してきた九条の前には、血塗れになったハイネが鋭利なナイフを持って猫を殺していた。
死骸となった猫の返り血を求めるように、ぶすり、ぶすり、とナイフを突き立てる。真横には脚を切り落とした子猫がいて、嘆いていた。お前ももうすぐ、こうなるから、ということを子猫へ見せるけるようにハイネはナイフを刺した。
「なにをしているのかね」と九条が尋ね、襲いかかってきたハイネの剣先をゆるやかに交わした。攻撃されることがある程度分かっているなら、構えることが出来る。
九条はハイネの顔を見て、講義で見たことがある不真面目で出席が足りないが、レポートや筆記試験では学生の枠内を食み出す能力を持っている少年であることに気付いた。教授内では天才と騒がれる異質な青年に今まで九条は無関心だった。如何に優秀であれど、本人にやる気がなければ声をかけることに意味がない。そんなことより、学生如きの脳みそなら、小間使いになる青年の方が有難い。
ただ、好みのタイプだと記録していた。ゲイセクシャルである九条は男を好む。ハイネは九条のタイプだった。学生に手を出して自身の立場を不安定にさせるほど愚かではないので、好みだと思うに過ぎなかったが。
「見た?」
「見たよ。内緒にしておいて欲しいのかい」
「言われると困る。傷つく」
「誰が?」
「アンタにいう必要はない」
「じゃあ内緒にしておいてあげようか?」
喉元がごくり、と鳴った。生唾が湧き出し食道を通るように落下していくのがわかる。提案を持ちかけたのは九条からだった。猫を殺して血塗れになったハイネはとても美しかった。異質であることを背後にまとった少年。同等の重みさえ背負えば噂になるリスクも減らすことが出来る。
「男に抱かれる趣味は?」
「内緒にしてくれるなら、イーヨ」
軽く笑ったハイネの顔が九条には優艶に映った。

前歯でズボンのファスナーを下げる。苦い鉄の味がハイネの中には充満しているが気にする素振りを見せずに、露わになった股間へ舌をつけ唾液を浸透させた。

「九条、もう勃起している」
「君が誘うからだよ」
「もっとお前のは大きくなるな」

気持ち良いから好きだ、という言葉を飲み込むようにハイネは九条の摩羅をしゃぶる。唾液を垂れ流して、精悍な男の切りつくような顔をしたハイネが一瞬で遊女のように下賤な存在に陥る。
女のものとは別の舌遣いが、ぐちゅり、ぐりゅり、と鬼頭を舐めていく。裏筋を舌先で弄って、射精を誘引する。
ハイネとセックスを始めてしたとき、九条がこの青年がこんなにも行為に慣れているとは想像していなかった。処女ではないのか、と尋ねると違うといった。追求するのも面倒で、背後に抱え込んでいる陰鬱な空気を暴くのも、この関係において可笑しいと判断したため、口を閉ざした。
それにハイネは常に自分を狙っている。首を取る瞬間を。事件に発展せず、密かに九条萬斎という人物を殺してしまえる機会を窺っているのだ。自分の秘密を知ってしまった人物を消し去るために、彼はさらなる罪を犯して九条を殺してしまいたいのだ。

「君が私を殺したいのは、あの子のためかい」
「なにそれ」

舐めていた舌が離れていく。
不機嫌を声に乗せた音が響く。九条はハイネが「ばれたくない」人物が誰であるか検討がついていた。少し視野を広げてみれば解るものだ。意識してハイネを観察すれば、彼が唯一親しくしている存在など簡単に浮かび上がってくる。
その人物はとても中性的で、線が細く折れそうな体をしていた。顔の造形は地味を絵に描いたようだが、全体的に整っておる。薄倖を絵にかいたような雰囲気を垂れ流しており、ハイネと違った意味で違い世界を演出している少年だった。
青年というのは幼すぎる。社会性があるのか笑っており、友人も多いようだが、九条はその笑みを見ながら、なんとも自分と近い笑みをしている気持ち悪い少年だという感想を抱いたほどだ。その少年にハイネは笑いかける。男を誘う淫乱で子猫を殺す残虐性など浄化されたような笑みを。

「黒沼桜、という名前だそうだね」
「桜になにかしたら殺すよ」
「もう殺したいくせに? なにかされたくないなら私を殺さないことだね」

脅しをかけて笑うと、ハイネの双眸が色をぐるぐると回転させた。
腹の底で哄笑し、九条が自分のほうがこの青年に捕らわれつつあることを悟っていった。




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