九条とハイネ | ナノ




食指を動かす
喚起される
関心を寄せる
興趣
感興
好奇心

まぁ言い方は様々だが娘が拾ってきた浮浪児に私が興味を抱いたのは間違いなかった。雨に濡れ、乞食の卑しい眼差しが獰猛な動物のように薄墨色に濁っているが、ぎらぎらと光っていた。
「ねぇお父さん助けてあげても良いでしょう」と声を張り上げる娘に、妻の怜子が「そんな子を会うたびに助けていたなら、きりがないわ。すべて救えるほど貴女に力はないでしょう。だからねぇ春子。その子を最後にするというなら育ててあげても良いわよ。人間には順位が必要なの」と滑らかで貴賓を感じさせる口調で説明していたのを真横で聞いていた。長子の浅一郎も茫然と立っていたが下賤の身にわざわざ興味はないらしく、無関心を貫き通す私に良く似た顔で口を閉ざしていた。
子どもに説教する言葉としてはあまりにも重い科白を、怜子は淡々と述べていく。昔から誰が相手であろうと彼女の口振りや態度は変わることなく、そのような人間に出会ったことなど今まで皆無であった私はたいそう、驚かされ愕然としたものだ。無謀ではない。彼女はそれを実行する地位も権力も強固な精神も、博学な知識さえ手札として持っていたのだから。まだ若かった私は、産声を上げてから初めて「敵わない存在」と対面したのであった。
「わかった、お母さん」娘の春子は明朗な肉声をあげた。項垂れた浮浪児に躊躇うことなく絹で着飾って手を差し出し、群がる蠅の臭いを清香花櫻で包み込んだ。私は幼い娘が差し出した浮浪児にとって一条の光となる手を見ながら、娘は怜子に良く似ていると実感した。強い思惟を持ち、実行できる範囲を掌握している。彼女たちのような人間が私は苦手だった。

「あんた名前はなんていうの?」
「ない」
「ないの!」
「ない」
「へぇ、じゃあ私がつけてあげる。アンタが嫌じゃなかったらね。そうね、う――ん、ハイネ。大好きな詩人の名前だよ」
「ハイネ、ハイネ、ハイネ」
「そう、ハイネ! 意味はね、私の心はハイネと出会って幸せだからハイネの心にも愛が咲きますように。これからも誰かの心に愛を育める人になってねってこと」
「へぇ、ハイネ、ハイネ、ハイネ、ハイネ」


  (現代語訳詩)  
   美しき五月よ
   全ての蕾が花開くその時
   私の心にも
   恋が花咲くのだ

   美しき五月よ
   小鳥たちが歌い出すその時
   私も乙女にうち明ける
   私のあこがれと願いとを

娘が習ったばかりの教養を披露して名付けられた浮浪児。真冬だというのに、五月の詩を連想できる思考回路に娘の人間性が染み込む。
「私のあこがれと願いを」託す存在だと娘は輝く眼差しで浮浪児を見つめた。私はごくり、と生唾を飲む込む。娘よ、この存在はお前の世界にいる住人ではなく私の世界にいる住人に近いのではないかと。





なんとまぁ無様な結果だな
私は苦笑する。
興趣だという遊戯感覚で手を伸ばした少年に私の心髄を喝破されてしまうとか。滑稽という二文字が似合う。
娘が拾ってきた少年に手を出したのは、皐月の頃だった。庭で学校へ向かった娘を待つ少年に声をかけて、座敷に引っ張りあげた。威嚇をして身体を震わす少年に優しく口づける。脅しなどしない。私が少年で遊びたい内容は主従の契約などではないのだ。

「ハイネ」
愛に飢えた子どもへ呼びかけるよう、名前を呼ぶ。人間を掌握させるなど容易いことだ。私は幼少より祖父より鍛え上げられた政治という渦中に身を置いていた。陥れ、誑かし、嘲笑い、欺罔する。そのようなことが日常茶飯事の世界。壁を見れば数値を計測しろ。従うと決めれば従え。隠れ蓑にしろ。反旗を狙え。打破出来ない壁はない。脳髄に刷りこまされ血液に覚えさせられた言葉。だからこそ、私自身が乗越えられないと判断してしまった怜子や娘が苦手なのだ。
少年に対しては別の話である。
唇に触れる。乾いており、罅割れた唇は赤く果実のようだった。舌を入れはしない。唖然としながらも、少年が私の肩に手を回すのを待つ。好かれたいだろうと、双眸で訴え眼差しで暗示をかける。
遊戯だ。脳内で火花が飛ぶ。

自分の性癖が異常であると発覚したのは学生時代。
全寮制の学校へ入学させられ、交換留学生として派遣された英国で、開花した。初心な少年に口付けされ上級生に玩ばれ、次第に性癖は完成されていく。腕を縛った屈強な同級生に鞭を打ち排出物を食す様子に笑みを浮かべながら観覧していたあの時代における私は、未知の世界へ飛び込んでいく喜びと好奇心、急激に顛落する畏怖に身を震わせていた。残虐性まで開花させてしまったのは、蛇頭会へ婿入りする人間として素質は十分であったのだろう。
当時の私はなるほど不屈の存在であった。鼻を伸ばした天狗というべきかな。小さな(といっても英国有数の学校であるが)世界に君臨していた私は気ままな振舞いをしても許され、敲き込まれた精神を半分、崩壊させていった。
性欲が自制心を上回っていたのだ。
砕かれたのは、言わずとも怜子と出会ったその日であった。彼女は私の頬っぺたに強烈な平手を打ち、屈服する精神を私に学ばした女性である。怜子と出会ってからは禁欲してきた「貴方が恋愛するのは勝手であると存じます。私を同性愛者である貴方様が愛することはないでしょう。私はそれを止める気は毛頭、御座いません。しかし、萬斎、私は貴方が堕落することにより蛇頭会が没落していくなどという事態を招くことも、あまりにも私用に駆られた組織の使い方をするのを、けして許しは致しませんので、お忘れなく」と初夜を迎えた翌日に告げられた為だ。政治家ではなく、御家の方から政界を裏から掌握しろと命じられるなら、私は従うに他なく、怜子の意見を尤もだと思い、実直に受け止め、実行してきた。しかしながら、一度味わった自由を放置した私の精神は、重圧を抱え込んでいたようで、魅入られてしまった。

少年が私の肩に手を伸ばす。震える手を包み込むように私は彼の唇に顔を埋めた。先ほどの触れるだけの軽いものではなく、実子よりも年若い少年を征服していく。項にぞろぞろとした興奮が湧きあがり、舌を絡ました。少年の想像以上に長く、赤い舌は、隙間を作ってやるごとに、呼吸を求めた。良い顔に加工されていく。
もっと喘げ。
私の下で。

「なんで、こんなことするんだ」
「君を愛しているからだよ、ハイネ」


愛という甘言に少年は囚われる。私が投資した金で買われたチャイナドレス。太股の隙間をなぞるように股間へ触れる。異邦人の侵入を許してしまった果実は、抵抗する術を知らずに、白亜の足を交差させ、ゆるやかに滑らせていく。
手が肉棒に触れ、少年は喉奥から消え去る様な淡い肉声を漏らした。私は精液を誘引するよう指先を動かす。私の半分もないであろう肉棒は、ひ弱な少年を投影しているようで、生唾を咀嚼した。弱者が私の下に平伏している。他では味わえない。しかも私が敵わないと認めた存在が大切にしている人間を犯すというのは、奥底で燻っていた、精神的鬱積を晴らす効果を持っていたのだ。
貧相な身体を抱く。成長すればもっと私好みになるであろう。筋肉質な身体。屈強な精神を持つ存在を犯すのは、学生時代の私にとってなによりの楽しみであったのだ。ああ、そうしようか。良い提案だ。この玩具の身体が私の望む方向性を嫌っても、強制してしまえば話は上手く纏るのだ。

少年の両の掌で収まる尻に私は指先を挿入する。潤滑油を利用して未開の地を開発していく。性欲に従うなら血で粘膜を切り裂くように魔羅で劈いてやっても良いのだが、愛されていると直接実感するようにするには、優しさというのも忘れてはいけない。しかしながら、無知な少年を手駒にするには虚像を突き通すのもまた必要なことなので、慣らす行為をほどほどにして、自身の魔羅を取り出す。
ずちゅ。
空気の泡が破裂する。
激痛に腰を折り曲げる少年の腰骨を強引に掌で掴み、抑えつけながら魔羅を深めていく。嬌声ではなく悲鳴をあげ、床に爪を立てて猫のように引っ掻く少年の姿は私の自尊心と快楽を上手に埋めていった。
いたい、いたいと、泣き叫ぶ少年に、この痛みは愛情なのだと植えつける。愛情なのだよ。愛情。愛情なのだよ。愛情。
少年は愛情を求めて行為に堪えた。私が娘の父親であるという点も、殆ど初めて口を開く大人に虐待を受けるという現実を少年に耐えさせた要因の一つであろう。
ずちゅ、ずちゅ。
処女を奪われた少年の腰が沈んでいく。意識を放置したか弱い少年の身体は死んでいった。私は満足だと口角をあげる。喚起されたこの感情。満たされていく精神。良い玩具を手に入れたと、ほくそ笑んだものだ。

しかし、結末は先ほど述べたように私の方が幻惑されてしまったのだから、お笑い話である。
愛しているという言葉が蔓延るようになった頃には私の精神は彼に依存していた。もう、少年などという可愛らしい稚児の呼び名が相応しくなくなった彼の身体にのめり込んだ。いつしか魔羅を射し込む相手は彼一人になり(定期的な自慰のように性欲を発散させる男は宛がわれていたのだ)彼へ望むプレイの幅も増量していった。大勢の人間を殺してきた人間が私の腕で屈服し、嬌声をあげている。すっかり淫乱になった彼を抱きかかえて、もっと私を求めるように調教し、微調整を繰り返し行った。豚の肉棒を与えた時はさすがに疑心の眼差しを見せたが「愛しているよ」の一言で彼が首肯したのだから、まだ彼が私の掌の中にいたということが良く判る。
契機というのは人生を歩む中でたくさん転がっているものだ。私が玩具である彼に玩具を与え、私の籠を壊し出て行ってしまったことが、すべての始まりだと位置づけ、離れて行ってしまってから、自身に刷り込まれた「愛しているよ」という言葉の麻薬に私が浸かっていることに気付いた。性に溺れ、発散し、私を満たすものに私は安堵し、好意を抱いていたのだ。





「愛しているよハイネ」
「違う、愛していない。嘘だったんだ。愛しているなら痛いことはしない」
「それこそ嘘だよハイネ」
「嘘じゃない。だって、そうなんだ。教えてもらった」
「誰に?」
「教えない。けど違う。アンタはオレを助けにこなかった。アンタはオレに痛いことばかりした。アンタはオレに酷い事をした。アンタはオレの事を愛していなかった」
「そんなことないよ。愛しているさ」
「愛していない。オレは愛していたのに」


私を殴った彼は病室に吐き捨てるように出て行った。足音が聞こえる。
彼がいなくなった病室で、ぽろりと本心が漏れる。

「愛しているさ、私は何より、私自身を」


だから止めておきなさいと言ったでしょう、性欲というのはいつだって自分の為にあるんですもの。
怜子の嘲笑うような私には無い溌剌とした声が脳裏に響いた。



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