真宵と翼 | ナノ



「それは好きってことなんだろう」

真宵は陶器に注がれたお茶を飲みながら翼に答える。砂糖が投入された甘ったるい烏龍茶ではなく、日本で良く飲まれる烏龍茶である。糖尿病の真宵が一日にとれる砂糖の量は制限されており、また、足りない時は角砂糖を摘んで摂取しなければならない。
お茶はハリーが女官に支持を出し容易されたものだ。

「そ、そうかな」

既に二十歳を迎えようとしているのに、少年の様なあどけない笑みを浮かべた翼が答えた。一緒に住んでいた頃より、更に幼くなったように真宵には見えた。照れて耳裏を引っ掻くように顔を真っ赤にし、視線を逸らす。男としてのプライドは恋愛相談などという代物を持ち出してきた時に捨ててきたのだろう。

「うん、だって嫉妬だと思うから」
「し、し……だよな、嫉妬だよな……」

言葉を詰まらせるように翼は答える。
翼から持ち出された恋愛相談の内容はこうだ。
スオウが他の奴のこと褒めるのが嫌だ――
と言ったものだった。あの、褒めて相手を上に称えることで油断を誘うことを日常としている男に止めろなどとは言えない。翼も心の奥底で理解しているようで逃げ出してきたのだ。なぜ、そんな気持ちを自分が抱いてしまうのか理解出来なくなり。どうして? どうして? と頭を渦巻くうちに、走ってきた。
真宵からしてみれば嫉妬しているのに恋愛感情としての自覚がない方が可笑しい。翼はスオウにずっと優しくされてきたし、一度、見放された後だから判るがスオウがこの世で好きな人は翼だけだ。他の人間――自分も同じだが人間としての立場がそもそも彼の中で違うのだ。よく「可愛いね真宵は」と軽口を叩いてくれたが、あの言葉は犬や猫と同じように掛けられた言葉だったのだ。いつでも捨てれるものに対して。
真宵がまだ日本にいたときに、大地震がきて東北地方の一部が被災した。その時、ペットはどうしていただろうか。人間だけ逃げ出しペットは置いてきた筈だ。お涙頂戴の動物番組で感動の再会を演出したものを見たことがある。元気な時の写真とは一変して、襤褸になったペットの姿。飼い主は泣いて再会を感動していたが、結局、その犬を引き取ることがなかった。
なぜって、死にかけの動物を引き取る余裕も飼い主の家にはなく、既に代わりとなる新しいペットが用意されていたからだ。真宵はテレビに映された光景を「しょうがないか」という気持ちで終わらせたが、実際に捨てられて見ると、怒りなどを通り超した、呆れと、それでも嫌いになれず飼い主を慕う気持ちだけが湧き出してきて、泣くしかなくなった。救出され優しくされ惚れない方が可笑しい。自分だって同じだ。
ましてや、翼はスオウに裏切られたことがない。一生、翼だけがあの優しさの中に浸かっていられる。時には身を引き裂くほど、甘く、惨い中に。
まだ、同じ部屋で生活を共にしてきた時は、自分と翼の中にある差異に気付かなかった。今更、それを気付いた所で遅いし、歩けない自分を抱きしめた腕のぬくもりに戻りたいとは思わない。今は、別に真宵の腕を抱きしめてくれる人がいる。こんな身体にしたのも彼だが、一度、愛情というものがもつ儚さを知った真宵には、ハリーから向けられるものが本物であると安堵して浸っていることが出来る。

「翼はスオウを抱きたいの? 抱かれたいの? それとも、もうセックスはしているの?」

当然の疑問を投げかける。
返事をする口を失ったように顔を真っ赤にした翼は黙認しているということに彼は気付かない。
あの部屋で。三人で過していた部屋で、自分が知らない時間を彼らが過していることも、セックスが既に済んでいることも、真宵は知っていた。耳を塞ぐ暇を与えられない。嬌声が薄い壁を伝って聞こえてきていたのだから。別に何も思わなかったわけじゃない。セックスは今も当時も怖いものである。けれど、ちょっと羨ましいと思った。動けない自分を抱きしめて引っ張ってきてくれた、彼の身体が孔に入っているのかと思うと。
あの感情は嫉妬だった。真宵がスオウに抱いていたものは恋愛感情だった。

「男同士でセックスも出来て嫉妬もするなら完璧に恋愛感情だよ」



「おめでとう」


晴れて両思いだね。





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