美代とジル | ナノ







二人で買い物に出掛けるとお父さんを引っ張るのは私の役目だった。家に引きこもってばかりだから、体力がないのよ! って私はお父さんに怒鳴った。
ショッピングカーを押しながら、車輪をくるくるさせる。背伸びをしても、上手に押せない私はお父さんにお願いして押してもらった。野菜コーナーに行くと、目を離した隙に決まってお父さんはお菓子を持ってきた。自分は食べないのに変なのって頬っぺたを膨らましながら、半分は買ってあげた。お母さんが作るご飯以外食べられないのに。人参を手にとると、涙をためて「いらないよぉん」と馬鹿みたいに喚いた。
私はいつだって、お父さんが子どもっぽくなるのが好きだった。買い物なんかにきていると、特別な彼の周囲は眩しいほどきらきらと輝いている。星屑の欠片が私の手を握った。
本当はいつだって知っていたのだ。手を繋がれていたのは私であったことや、お菓子は私に買ってくれていたものだってことくらい。

「お父さん」
「なあにぃ、美代」
「なあにぃ、じゃないわよ! お母さんがいないからって、怠けないで。掃除するから、そこを退きなさいよ!」


掃除機を持って、実家に帰省した私が父親をつつく。もう17になる大きな息子を連れての帰省に彼はなにもいわない。17年間、音沙汰がなかったのに。
圧迫された空間だった。耳鳴りが喚いて、私の心はさようならをするように、泣いていた。異国の地で創られたルールは私にあうことなく。女だと蔑まれることも、息子に乳を吸うことさえ困難だった世界は酷く密閉されていた。逃がしてくれたのは、夫だ。国王となった彼は憔悴していて老けてみえた。私が「側にいるわ」とか細い声で告げると、大きく成長した手のひらが「君の方が側にいてくれる人の元へ帰った方が良い」と零れてきた。
骨と皮になった私を見て、鏡に映された憐れな姿は夫を慰めなかった。今まで一度たりとも、自分を弱い人間であると感じたことはなかったが、私とて、小さな世界に所属していた、人間に過ぎなかったのだ。悔しかった。痛みより。非力な自分が。嘆くことしか出来ず、駆逐されていく青写真が。


ぎゅいぃぃぃぃん。
掃除機が音をたてる。塵を吸う。
日本に帰ってきて私の身体は元に戻った。肉がつき、精神的に怖いものなど消え去った。
息子は側にいて、会いたい時に会うことができる。彼は何事もなかったかのように平然と振る舞う。そういう所が私に似ていて、苦しい時に「大丈夫」だと苦笑いをする姿はお父さんに似ているように思えた。他の人にいうと「夢を見ている」とまた笑われることだろうけど。

「美代」
「お父さんは美代がかなしいなら」
「美代がいた国を滅ぼしてあげてもよいんだよぉん」
「赤ん坊みたいにお父さんの手の中へ戻ってきても」
「誰も怒らないよぉん」


寝転びながら、ぐーすかしているくせに。だらしなくて、のろのろ行動して、皆を困らせてばかりなのに。
お父さんは美しい唇から言葉を紡ぐ。私はおもわず、泣きそうになって口元を押さえた。
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