アレックスとエアハルト | ナノ



死を運んでくる亡者の形骸だ。
アレックスは横たわり、息を顰めるエアハルトの冷えた頬を撫でる時、常に思う。大凡、彼がまともに感じ取ったことのない死という概念と恐怖をエアハルトはいとも簡単に運んでくる。
一度目に感じたのは、自分自身がエアハルトの存在価値を赤子を産む機会としてしか思っていなかった時で、二度目に感じたのは、エアハルトが子どもを産んだ時だ。あれ程までに、家の為ならば、骸と寝ても子どもを創ると言いきっていた信念が潤色した、胸の鼓動をアレックスは未だに忘れることが出来ない。
子どもなど、エアハルトが死ぬのであれば違う女に産ませれば済むことだ。妻以外に子を孕むことに意義を唱える人間がいるなら消去すれば良いまでの話。それなのに、息を切らしてしまいそうなか細い手で、アレックスの皮膚に縋りつきながら、子どもを産んだエアハルトは死ぬ直前だった。「俺が産むんです」と言ってきかなかった。何度も持ち上げた提案を鵜呑みにせず、エアハルトにしては気丈な口振りで「俺が産むんです」と繰り返した。
産まれた子どもは自分に良く似ていた。
アレックスが希望した通りの男の性を持つ子ども。後継者の誕生に一族は歓喜に見舞われたが、アレックスはそんなことより、死んでしまう所だったエアハルトが助かった事に安堵の息を撫でおろした。
帝王切開されて生まれた子どもはエアハルトの皮膚に傷跡を残した。撫でると窪んでいるくせに、エアハルトは嬉しそうに指先で腹を撫でる。アレックスはそれを見ながらエアハルトが生涯で唯一呟いた「俺より先に死ぬな」という願いを護り抜いた姿に自分がエアハルトのことを愛していることを実感する。

他の女と寝るのを止めたのは子どもが産まれてからだ。
性欲処理を目的とした女遊びだったが、余計な子種を残す心配がある遊びなら止めてしまえば良い。口に出して、止めると宣言した訳ではない。わざわざ出すものではない。エアハルトがアレックスを愛しているなら、他の女を抱いていないなどということは判るものだ。
妻が死ぬ気で護り抜いたものを夫が破っても良いという道理はアレックスの中で通じなかった。友人には「らしくない」と言われたが、第三者に何を告げられても構わなかった。別にアレックス・アレキサンドラーという人格が変わったわけではない。緩和された訳でもない。ただ、彼は自分の中にある筋道に従っただけの話だ。
性欲発散の為に自分自身で自慰をしたのは生まれて初めてだった。病弱なエアハルトに合わせていたら、溜まってしまう。人間を使えないなら、自分自身で抜くしかない。一度、エアハルトに見られて平然とした顔で自慰をしていたら、泣かれて、焦ったこともある。


「アレックスはカッコイイですね」
「当然だ」
「アレックスは何も言わないですね」
「必要なことがあればいう」
「必要じゃないことは言わないんですね」
「俺の嫁だったらそれくらい悟れ」
「そうですね、さすが、アレックス」

エアハルトは笑う。
アレックスはカッコいいですね、アレックスは出会った時から、写真の中にいる時から、ずっとずっとかっこ良かったですけど、今を生きるアレックスのカッコ良さは常に更新されています。
アレックスは何も言わないですね。女と寝るのを止めたのも、俺に何も言わなかったですね。知らない間に貴方から流れる香水の匂いはなくなっていて、家庭内には俺と貴方の臭いだけになりましたね。会社の業績が赤字になったときもなにも言いませんでしたね。帰ってくるのが遅くなることを当然だと言うように時間だけを告げましたね。「12時には帰る」という時間の宣言に偽りはなく、帰る時間は護られていました。翌年には黒字に戻って業績も上がっていましたね。
けど、アレックスは必要であれば俺に話しますね。息子をイギリスの寄宿舎学校へ入れることを決めた時にも報告がありましたね。一ヶ月以上前に言ってくれましたね。冬休みと夏休みは家に帰らすので寂しがるなと声をかけてくれましたね。優しいですね。アレックス。他にも必要なことは前もって報告してくれますね。貴方が報告しないのは自分が頑張っている姿ですね。自分がなにかを堪える時ですね。貴方のそんな優しさに触れる度に、さすがアレックスと思います。この人が世界の中心である人です。


『俺より先に死なないでくれ』

今でも互いの脳裏に焼き付いている言葉。





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