01






無音の放課後が怖くなった。
踵を返すように足を一歩、下がらせ、生唾を飲み込むが、ジルの腕が軽やかに伸びてきて僕を掴む。ジ、ジル、と動揺した声色を発すると、滑らかな唇は僕の名前を呼ぶ。

「充葉ぁん」

甘ったるい、子どもがお菓子を強請るような声に背筋が凍る。嫌だと、否定しなければいけないのに、この行為を受容している自分自身に嫌気がさしながら、抑え込まれた唇に呼吸の上手なやり方を忘れた。



あれから……――ジルと初めてセックスをした日から、僕とジルの幼なじみという関係は変化を見せた。ずっと平行線上に保ってきた関係は急激に動く瞬間を目の当たりにした。
今の僕らの関係を俗物的な言葉に当てはまるなら、セフレ、セックスフレンドというものなのだろう。

合図は「今日、残ろうねぇ充葉ぁ」というジルの甘美な囁き。僕は抵抗を見せる素振りをしながら、大好きぃと瞳を見て、言われると、つい、首を下に降ろしてしまう。ジルの双眸は苦手だ。全身を見透かされた気分になる。一層のこと、この優越感だとか、性的な関係を許してしまう理由とかを、全部、ジルの口から説明して貰った方が楽なのではないか、とさえ思うのだ。けれど、一生、僕はそれを尋ねないだろう。
気付かない、気付こうとしない、のは、僕自身が、その気持ちを知りたくないからだ。

本心から、ジルに抱くこの気持ちをもっと明確なモノにしたいと願っているのならば、僕は、思慮し、考慮し、自身の心髄を追求するだろう。それを、行わないというのは、やはり、知りたくないのだ。知った所で、何になると思っている。何になる、決まっている、傷つくのさ、僕は、それを知ることによって。だから、知りたいけど、知ろうとしない、馬鹿で愚かなまま、ここに立っている。そのくせ、怖いんだ。様々なものが。知らないという事が。ジルとの行為が。ジルの言葉が……――
合図が一応、あるものの、最近は二人きりになれば、セックスというのが普通の状況になりつつある。あんなに体験したかった、青春する高校生という遊び(ファミレスに行ったり、コンビニで立ち食いしたり、カラオケを歌ったり)はどうでも良くなったのかと性欲旺盛な、ジルに稀に訊きたくなるが、面倒なので口を閉ざす。
性行為が始まると、ジルの言葉は僕を身震いさせる。ジルは行為の最中、無駄かと思うほど、僕に好きの雨を降らせる。いや、性行為中に限った言葉ではないが、狙ったように、睦言を吐きだすのは、この行為の間だけだ。だから、僕は痛いのに、気持ちよくて、恥かしいのに、嬉しくて、自分の脳味噌がとろとろに溶けていくのがわかる。融解して、沈んでいく。ジルは僕の首を絞め、僕を殺すのだ。





「充葉ぁん、大好き、好きだよぉ。ふふ、充葉のここ、もうぐちゃぐちゃで気持ち良さそうだねぇ」


体液を見せびらかせ、舐める。
汚い。
潔癖症の気があるのに、よく舐めることなんて、出来るな、と思う。体液を眼鏡に垂らし、舐める。眼鏡を舐めるのがジルの最近のお気に入りということは既に悟っていた。目玉を抉り出したいのか、と考えたが、執着しない、相手(僕)にジルが欲しがるとは到底、考えられなかった。いくら、好きだよ、大好きだよ、と囁き続かれても、ジルにとっての一番が僕じゃないことも、ジル・トゥ・オーデルシュヴァングにとって、黒沼充葉という人間は直ぐに廃棄できる存在である。
ただの、幼馴染から、ただの、セフレへ。ジルは「オレが勃つなんてぇ、充葉ぁ、凄いよぉ」なんて言うけど、結局のところ、その言葉は僕のことを性欲処理機としてしか、見ていないということの表れのようで、胸が痛む。そのくせ、同じくらい、嬉しくて、独占したくなるのだから性質が悪い。

ジルの言葉は嘘じゃない。嘘はない。けど、同じ、大好きでも例えば僕がジルにいう、大好きと、ジルが僕にいう大好きは、まったく重さのちがいものなのだ。その違いを見余って、調子に乗ってはいけない。
抑えなければ、ならない。気付いてはない。知りたいだろうけど、気付いてはならない。気付くと苦しいのは、僕。はい、もう一度、復唱。

気付くと苦しいのは僕。
目に見えて判る。信じる。
だって。



「ああ、なに。ノル? 母さんが。わかった、行くよ」


今まで僕の上で好き勝手していた癖に一本の電話で繋がっていた性器は抜かれる。ぬるり、とした感覚。内臓ごと引き抜かれるようだ。
電話を掛けてきたのは、ジルの妹ノルちゃん。そして、要件は、ジルの母親のこと。おそらく、手首を切って倒れているのだろう。困ったノルちゃんは長男であるジルに電話をかける。
どうせ、あの母親は死なないから焦らなくて良いのに。衝動で、不安になり切る。構って欲しいのかと、ジルを奪いたいのかと、醜い僕は、心の中で叫ぶ。
ジルは焦る。後悔に似た表情を覗かせる。脱いでいた衣服を身につけ、纏い、ネクタイを上げる。謝罪の言葉もない。「行くねぇ」とだけ述べて、教室を後にする。
放置された僕。]
精液が纏わりついた身体。乾涸びている部分と、濡れている部分がある。中途半端で終わりにされたから、身体の中で蟠る熱。燻る。けれど、自慰をする気にもなれず、深い溜め息を吐きだしながら、制服を着る。
初めての行為以来、破られてはいない制服。懇願すると優しく脱がしてくれる。
制服を着ると、立ち上がり、飛び散った精液を拭く。おかで、雑巾を持参する日々が続いている。嫌な作業だ。
雑巾に力を入れて、ぐねっと捻る。水がシンクへと落ちていく。僕の双眸からもなにか液体が落ちたけど、汗だと決めつけた。





惨めだ。













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