初と桜 | ナノ




初の友人、黒沼桜は好きなものを好き、嫌いなものを嫌いといえない人間だ。無理をして笑って相手に合わせている。
スオウもだが、スオウは自分に掛かる負荷を自然に交わしているので、桜より背負わない。時と場合により、アイツは適当に相手へ擦り付ける、ずり賢さを持っている。
だが、桜はぜんぶ、背負っている。無駄なことだ。ぜんぶ、ぜんぶ。そんなことをして手に入れる幸福にいったい、どれほどの価値があるのだろう。
心髄を誰にも晒さない人間は寂しさという孤独を抱えて死んでいくのだ。
寂しさを抱えるのは自己責任だ。魅力もなく他者を惹き付けず、死に終わるのは。誰にも頼らずに死ぬのは。けして誰かに擦り付けられることじゃない。
他者に心髄を見せられないのは、その人間の矮躯な全貌を表している。醜いのだ。他者を信じられず、己のみに酔い、可哀想な自分を信じることは。誰に囲まれていても、漆黒のなかで一人でしかない。子どもを産んで死んでいく、女王蜂程度の価値しかない。女であっても、男であっても、子を産む増産機くらいの価値観しかないということだ。
今のところ、桜はそれくらいの価値観しか自分で持っていないのだ。勘違いするなよ、豚。初が上につらつら並べた蛇足を、桜に思い描いているわけじゃない。あくまで大衆的にみた桜の中にある、桜が抱えている潜在意識の話をしているに過ぎない。
初は桜のことが好きだ。基本的に滑稽なほど苦悩を抱えている人間に対して好感度が持てる。苦悩というのは耐えることだからだ。喝采を送ろう。初はスナオ。実直だ。初は好きな奴を偽らない。好きなら好きという。そいつが初のことを嫌いであろうと、初の知ったことではない。
だが、最近の桜は己が背負いきれない不満を背負っているので、可哀想で馬鹿だと言っているだけだ。子どもが産まれた時はあれほど幸せそうだったのに。重い顔つきになっているのに、触覚を伸ばした夫は気付かないらしい。スオウも自分と家族のことで精一杯なんだ。けしからん! 初は嫌だ。初は初が知らぬところで、初の好きな人が悲しむのは自分が傷つけられたみたいで、気味が悪い。
だから、本当は初がなにかをしてやるのが一番良いのだが、無理な話だ。桜は初に助言されると、止めを刺されたみたいに、死んでしまうだろう。アイツは初があまり好きではないのだ。初を好きだと思っている、初のことを嫌いな人間なのだ。
だから初はなにも言えない。なにもしない。ハイネの背中を蹴りあげるくらいしかな。
馬鹿野郎!

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