レポートの〆切に追われる日々が続いている。こたつの周りには山のように積み重ねられた書籍が乱雑に置いてある。本を読むのは苦ではないけれど、まとめるとなると違った労力が必要とされるので、時間がいる。勉強をするのが嫌いと言うわけではない。幼い頃から自分を保っために勤しんできたので、身体は習慣として覚えてしまっている。むしろ勉強しない方が違和感があるくらいだ。特に大学に入り自分が好む学科の勉強ばかりしているので、呼吸をするように簡単に吸収できる。だから、レポートを書くというのが苦ではないのだ。
ただ、はじめにも述べたとおり時間がかかる。どれだけ早く仕上げようとしても、暗記問題ではないので、短時間では終わらない。当たり前だ。参考文献を山のように読み、自分の意見主張と照らし合わせ、反論したり、賛成したりする。それを文に丁寧になおし、推敲して、ようやく提出できるレポートが完成する。事前に準備し、どれだけ早く仕上げても一日は丸々潰れてします。
それを何度も言っているっていうのに……!


「ジル!!」

声を張り上げて名を叫ぶ。眉間の皺がきゅっと真ん中によっているのがわかる。
この、僕の腰にまとわりついている男は一応、僕の、まぁ、恋人、と、いうものだけれど(そう紹介するには、なにか腑に落ちない気持ちになったり、負けたような気分にさせられる。あと、恥ずかしい)こう、べったり抱きつかれたら煩わしい。参考文献となる本が散らばっているというのに、そんなの気にも止めずに寝転びながら僕に抱きついている。僕の貧相な身体と違い、滑らかについた筋肉は本の角が腹に食い込んでいても痛くはないらしい。信じられないけど。

「なに充葉?」
「なに、じゃねぇ。離れろ」

ジルはまるで抱きつくだけで我慢していた自分を誉めて、誉めてというような眼差しで僕を見てくるけど、そんなのは一蹴する。誉めるわけねぇだろうが。鬱陶しい。大体、黙っているから部屋に入れてくれと朝、疲労とかで限界の僕の顔を可愛いと笑ったあとに、僕の部屋をノックしてチェーン越しに約束させた筈なのに、静かじゃない。確かに約束通り黙ってはいるけれど、すらりと伸びた足をばた足のように前後させ、床を叩くし、いかにも男のものと判る大きな手のひらで僕の腹を弄りまわす。臍に指を入れられたときは、拳骨を食らわしたけど、痛くも痒くもなかったようだ。ぎゅうっと未だに僕に抱きついている。
そんな状態で集中できるわけがない。弄りまわす指先がお腹をひゅっと撫で、部屋着であるジャージの隙間から手を陰茎の方へとやる。さすがに、矮小な力を振り絞って叩いてやったが、へらっと笑うだけだ。暫く静かになったかと思い油断していたら服のうえから性器を握られ、僕は情けない失態を起こしてしまった。女のような声には未だに慣れない。
そんなことが続くものだから、当然、レポートに集中できるはずがなく、今の爆発へと繋がったわけだけど、本人はまるで気にしていないようだ。

「ジル、もう一つ約束を守って欲しいんだけど」

どれだけ怒鳴っても聞かないものだから、新たな約束を取り付けようとしたのだけど、妙なところで勘の鋭いジルは、美しい神様から愛された顔を歪め「充葉の頼みでも聞けないなぁ」と言った。うざったい。甘ったるい口調が拍車をかけるように僕を苛立たせる。


「触ってこないで欲しいんだけど」
「いやだよ、だって、そんな約束してないからさぁ。本当は充葉に見てほしいし、充葉と喋りたいし、充葉と呼吸を交換したいのに我慢してるんだよ。充葉が忙しいっていうから、喋らない約束もしたし、パソコンばかりに、可愛い瞳をむける充葉が少しだけ苛立つけど、一緒にいるだけで許してあげているんだから、触るくらいは許して欲しいなぁ」

ジルは淡々とそれでいて拗ねたような声色で僕に告げた。自己中心的な物言いだ。昔から、自分本位な言い訳の羅列を並びたてて、さも自分が正しいという顔で述べるのが得意だった。いや、隣家の男性はそのような態度をとるのが当たり前のような節があるので、家系なのだろうかとも思う。実際、遺伝子が僕たちの性格構成に与え影響は計り知れないものがあるので、あながち間違ってはいない筈だ。だけど、その理不尽さに嫌気がさすころ、見計らったように甘い猫なで声で、僕の隙をつく言葉を与えてくれるのが、僕の、まぁ、恋人である、ジルだということをすっかり忘れてしまっていた。

「充葉ぁ」
「なに? 言っておくけど、約束してくれないなら、その先の言葉は聞かないからね」
「あのさ、疲れてるでしょ。目の隈すごいから、ね。休んだほうがいいよ」
「あのさ、邪魔しないでくれたら、僕も休めるんだけど」
「そうかも知れないけど、きっと今無理して書いたら充葉が納得できるものは仕上がらないよ。もう二日くらい寝てないでしょ」


ぎくり、とする。確かにレポートに追われる日々を過ごしていたので睡眠は十分にとれていないけど、まさかジルに指摘されるとは微塵も考えていなかったからだ。気付いていたら、普通、僕にちょっかいなんかださないだろうし。いや、ジルに普通なんて言葉が当てはまらないことを、僕は随分前から知っている筈なんだけど。

「けど、それとこれとは関係ないじゃないか」
「関係あるよ。ほら」

ジルはそう告げて僕の右手を引っ張り、僕の身体を抱き締めた。胸板に押し潰されそうになったけど、空いた左手で顎を持ち、上をむかす。強引な仕草だが、ジルらしい。彼なりの優しさが籠もっている。普段通りの力で僕を引き寄せたら、僕は文字通り潰れてしまうだろうから。


「ジ、ジル?」
「俺と一緒に寝たらいいんだよ。心音を聞きながら寝ると安心するでしょ、充葉は」


それはお前のことではないかと告げたくなったが、確かに僕もジルが近くにいるということで僅かな安堵を得るのも確かだったし、ベッドに潜り込むのが癖のような彼が、数年以上、僕のベッドへ勝手に上がり込み、抱き締められ熟睡するのもたまにはあった。それに、まぁ、セックスのあとは抱き締められて寝るのが普通になっているから。

「けど、レポートしなきゃ。あの授業の提出は一週間後だし、教授は厳しい人ですから、しなきゃ」
「そう言って仕上げても納得しなかったら捨てるくせに」
「す、捨てないよ。参考にするから」
「俺からしたら一緒のようなものだけどねぇ。だから、充葉、寝ようね」


ジルは僕が答えるより先に、一応男である僕の身体を軽々持ち上げベッドに運んでいった。こうなると暴れるのもバカらしいのでおとなしく言うことを聞いておこうとため息を吐き出す。それでも、ふと、顔をあげたときに見えるジルが幸せな顔をしていたので、まぁ良いかなぁ、なんて考えてしまった自分が憎たらしくなった。

ふわっと、柔らかいベッドの上に置かれる。ジルは当然のように、真横に寝そべり、僕の眼鏡をとると、おやすみ充葉、と告げた。瞼を優しく閉じられ、諦めの気持ちで寝ようとする。呼吸をすると、すうっとジルの匂いが鼻から入って確かに落ち着いた。なんだか、また小さな敗北を味わったけど、いやな気分にはならなかった。疲労にあふれた身体は知らない間に眠っていた。







20110123

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