菊地と春也 | ナノ





鞄の中に入っている塵が俺の場合、たくさんある。噛み終わったキシリトールガムの食べ滓。ぐちゃぐちゃに詰め込んだプリント。レシートの山。汚い。汚くなる。筆箱がひっくり返り、黒芯が鞄に付着する。掃除するのも面倒なので、鞄を逆さまにして、中の塵をぜんぶ捨てる。それでも綺麗にならなかったら、鞄ごと、捨てて終わり。
菊地は違う。菊地渚は鞄に塵を溜めない。排出された塵はその場で捨てる。菊地の鞄は外で遊んだことを知らない子どものように、新品同様だ。菊地はセフレも同じように一夜限りの夜を過ごすことが多い。よほど相性が良くても、面倒になることを嫌い、捨てる。捨てる時に躊躇いなんてものはない。彼は壱か零かの人間である。相手がどれだけすがっても、眉が下がる瞬間を俺は何度か見たことがある。好きでもない相手に抱かれる男を軽蔑する眼差しだ。
お前も同じ立場にいるのに、どうして、見下すことができるのだろう。けれど、菊地が見下す姿は圧倒的で、喉に食い込んだら蔦が絡まって締め付けられる。絞殺。死んでいく中で、彼の眼差しだけが恍惚に光っている。
菊地は相手の好意を汲み取ろうとしない。気づかないふりなのか、気付いていないのか俺には判らない。菊地のことが、透き通った立体模型のように、ぜんぶ把握できれば楽なのに。
好意を抱く相手以外には自分勝手な男である。優しさを優しさで返すことをしない。与えられたぶんの返し方を知らない男であるのは間違いないだろう。好意を好意で返すことを知らない。好意の裏にある欲望に菊地は常に目を向けていた。
だからこそ、菊地は無償の愛を与えられる相手に惚れるのではないだろうか。欲望が見えない真っ白な目に。彼はいつも心を惹かれている。
俺は欲望がない眼差しで彼を見れない。俺の心にはいつだって素直に、真っ白な中、菊地渚という文字が刻まれている。俺の中は菊地に埋められていて、菊地が欲しいと唸り声をあげている。俺は菊地にとっていつでも捨てられる存在なのだ。充分に理解している。セックスが終わったあと、彼に捨てられないか不安そうな眼差しで見つめる俺を見て、悔しいくらい優しいキスのサービスが待っている。服を着た菊地は部屋にたまった塵をごみ箱に捨てていく。昨夜の跡は何一つ残っていない。
また今度、暇な日を教えてね、と言われて有頂天になる。相性が良いのと付き合いが長いからという理由だけで、菊地は俺とまだセフレでいてくれる。
今度は土曜日だったら暇だと告げる。菊地は、じゃあ土曜日に会おうと言った。月曜日に、教室の隅っこにいる俺を菊地は知らない。四六時中、菊地を見つめる俺を菊地は知らない。知らないからこそ、捨てられずにいる。


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