桜と盟 | ナノ



舌にのった紅茶は砂糖が溶けきっていなかった。ざらざらして、飲み込むとお金を払う価値があるのか疑う。
目の間で紅茶を飲む、息子の恋人は眉を一瞬だけまげて、こういうものなのだと、納得したのか、美味しそうに紅茶を堪能していた。
見詰めていると、僕みたいな紛い物の良い子ちゃんではないことが判って、やっぱり偽者は叶わないなぁって気持ちになる。うんうん、最終的に本物に取られていく展開は僕が今まで生きてきたなかで、何回もあった展開だ。珍しい話でもない。
今日、この子と出会ったのは偶然で、日曜日の昼下がり。
ハイネくんと花梨くん、三人でお買い物にきて、下着屋さんに行くから、という理由で別れた。
建前で一人でゆっくりお茶をしたかっただけだけど。二人は悲しそうな目をしながら、二時間後に、という約束をした。
男女(はたして僕が女にあたるのかは怪しい話だが)に別れて買い物するのは、それほど珍しいことじゃないのに。二人は三人でいるのが家族の形であろうとする。僕も最近まで、それが当たり前だと思っていた。ようやく手に入れた形だと信じていた。

息子の恋人である、盟・トゥ・オーデルシュヴァングに会ったのは二人と別れて30分ほど経過してからだ。子どものような身長を動かしながら、調理器具売り場で戸棚の上にある、泡立て器をとろうと必死だった。僕は後ろから、ひょいっと取ってやり差し出すと「ありがとうございます、ありがとうございます」頭を下げた。満面の無防備な笑みは顔面をナイフで切り裂いても変わらないであろう馬鹿げた顔だった。今まで僕の世界にはいなかった、僕がなりたかった人間の顔と良く似ていた。
彼は僕が花梨の母親であるとすぐに気付いた。出会えたことに興奮して萎縮してしまった彼を僕はお茶に誘った。機嫌を伺うような眼差しで僕を見る。にっこり作り慣れた笑みを返すと、緊張が解れたのか、子どもの眸に戻った。
作り笑いを喜べる人間は作り笑いをしない人間であるという僕の持論は間違っていない。
初くんも、作り笑いなんてしなかった。





お茶を飲みながら僕はわざと嫌な台詞をちくちくと刺すように吐き出した。
「どちらから好きになったの」「もうキスはした」「花梨のどんな所が好きなの」「そう、一度、逃げたのね」
山のように降り注ぐ尖った言葉の雨に彼はにこにこしながら答えた。困りながらも、言葉ひとつひとつを真意に受け止め返していた。僕に対する言葉に嫌味が入っていることに気付いていないのだろうか。いや、大抵、彼みたいな種類の人間は勘は鋭い。鋭いくせに受け入れられる器を持っていて、なんでもない顔で笑っていられるのだ。やはり彼も化け物に値する人間らしい。
僕は彼が苦手だ。友人など競争する必要性がない関係でいる距離だと親しく出来るが、何かを奪うとき、無意識に彼らは幸せをぶちこわす力を平然と酷使する。すべてが良い方向に持っていかれて、僕みたいな第三者は笑って笑ってそれを見ているだけ。
眼前にいる彼は間違いなく僕から幸福を奪っていく張本人であり、僕が長年かけて築き上げてきた関係性にいとも簡単に皹をいれる。僕から息子を奪っていく。ぐちゃぐちゃに丸めて僕が自分にしたように、頸動脈を切り取ってやりたい。けれど、そんなことをしたら、花梨くんも僕を置いていくだろう。いつだって家族を優先した息子は過去を廃棄して、新しい家族を優先するのだ。誰が花梨くんの相手であろうと嫌だったけど、よりによって本物を連れてこられた時は喉の奥に痰が絡まった。


「ふふ、じゃあ花梨くんを宜しくね」



言い終わってから、本音じゃない自分の言葉に嫌気がした。テーブルに置かれた碧玉のティースプーン。彼は美味しそうに紅茶を飲んで財布を取り出した。値段が何円なのか尋ねてきたが「年上だから奢らせて」と頼むと顔を真っ赤にしながら礼を述べる。ああ、本当に可愛いわ。僕にはないもの。息子を奪っていく笑顔。
彼に奪われたあと、僕はどうすれば良いのだろう。ハイネくんに甘えてみる? ハイネくんは戸惑って受け止めてくれる、ふりをしながら、最後に「面倒なことばかり考えているなぁお前」とか言うんだろう。違うんだよ、僕が欲しいのはそんな言葉じゃないんだよって告げた所で、ハイネくんは変わらない。僕が相手に合わせて性格が微妙に異なるのと違って、ハイネくんは自分の世界での時間軸で生きていく。誰も彼のなかにある彼を揺すれない。僕はそんなところも好きだけど。けど、だからこそ、彼には僕の悩みは理解出来ない。そもそもハイネくんは僕の悩みを理解しようとしたことも察してくれようとしたこともない。
あーあ、嫌なことばかり考えている。僕がもっとも嫌いな腐った女の思考に僕はよく取り付かれる。
安心させてよハイネくん、なんて願っちゃいけないのかなぁ。それとも、やっぱり君は僕の前から去るんだろうか。


「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう。また家にきてね」
「は、はい。光栄です」

ちろり、と彼は僕をみた。醜い気持ちを見透かしたような、残酷な眼差しだった。



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