臆病者の泣き虫金髪。
翼・トゥ・オーデルシュヴァングはそう揶揄されていた。
現皇帝、側室の孫という立場だが森に一郭に追い出されるかのように住んでいる彼ら一家の噂は芳しくない。
時には上級貴族より下の扱いを受けることもある。
彼らの一家は「スペード」という称号を与えられながらも、存在自体は空気なのだ。
王族に対する鬱憤が溜まっている貴族からすれば、唾を吐き当り散らすには丁度良い存在。
一応、正当な血筋を受け継いでいる、母親である透・トゥ・オーデルシュヴァングや、戦場の亡霊と呼ばれる不死者である祐樹・トゥ・オーデルシュヴァングで憂さを晴らすより、同じ血筋で権力が少ない子ども達に罵声を浴びせた方が充足感が得られる。
子ども達は嘆く。その中でも、特に悪罵を吐かれるのが、翼・トゥ・オーデルシュヴァングであった。
父親譲りの金髪に良く目立つ顔。幼い頃は天使だと称賛された顔が屈辱に歪む様を見ているのは、一番視覚的快楽を安易に生み出しやすい。強気な表情が拍車をかける。
釣り上がった双眸が、言葉の毒に埋もれる度に、沈んでいく。酸素を摂取しているのに、呼吸困難に陥る。

――どうして俺だけ。

兄のように、笑みを浮かべながら裏で毒素を吐露し、幾重にも包み返し言葉では到底表現出来ない、残虐非道で冷酷な行為で仕返しをすることも。
姉のように、正義を信じ自分が貫く意思を通す為、時には暴力や論理で他者を屈するように攻撃することも。
双子の弟のように、すべてに人間に対して、自分の意見を率直に伝え、好きになった人間を盲目的に信じることも。
末っ子のように、自分の世界観だけを追求し、悪態をつく相手に対し、他愛無い仕返しと、国王に何の企みもなく繊に告げ口する度胸も。
翼にはなかった。
翼は、やられたら、仕返しも出来ない。
小さく蹲り、矮躯な姿を晒すだけだ。

――何も出来ない

母親が称賛してくれる身体能力や、文学的な詩歌の才能を開花させることも出来ず、上層教育を受ける者が決まって通う、王室御用達の学校では、隅っこで皆がいる光景を白中夢のように眺めているだけ。
学校というものに強制的に通わせられるようになるまで、自分がこれほど、意気地ない人間だということを知らなかった。
家族だけの世界というのは、楽、を絵に描いたようなものだ。誰と意見がぶつかるわけでもない。

――ずっと、こんなのが続いていくのかな

異国から輸入された木造の滑らかな机に顔を伏せ、涙をこらえる。周囲の人間は遠巻きに翼を眺め、陰口を叩く。
双子の弟に相談しようとも、教室を別にされてしまい、帰宅するときに聞こえる声に耳を傾けていると、自分より異国の世界に馴染んでいた。

――家に帰ってベッドで寝て、裏庭を駆け周り、兎を捕まえて母さんを驚かせたい

兎を捕まえてきたときの母親の誇らしげな表情を思いだし、胸を痛める。
クラスメイトは喋りかけてくれない。貴族である教師は翼を罵倒する。大人という大人が翼を否定的な眼差しで見つめ、子どもも便乗するように、一線を引く。



「翼」

諦めに似た気持ちを胸に抱きしめていた時だった。
天井から声が降ってくる。何回か聞いたことのある声だ。
顔をあげて呆けていると視界に映り込んだのは、何回か式典の場で見たことがある顔だった。
翼と同じように少年には見えない、美しく整った顔。王族の特徴的な双眸は、奥が深く淡い紫に黒を隠蔽させている。
ただ、こちらが必死に堪えようとしているにも関わらず陽気な声で喋りかけてくる少年の無神経さに翼は顔を顰める。
王族の人間が自分を馬鹿にしに来たようにしか、彼には映らなかった。

「誰」
「スオウだよ。何回か会ったことあるでしょう」
「知らない」
「知らないことないよ。ね、それより、一緒に遊ばない。俺、風邪ひいてて二週間も休んでいたから誰も友達いないんだよね」
「他の奴となればいいだろう」

投げ遣り気に返す。どうせ、自分を馬鹿にし、発散しに来駕しただけの人間だ。
思考の袋小路に迷い込んだ翼は、疑いの用の無い眼差しでスオウを見つめ返す。彼は自らも外部との接触を望まず一線を己の手で引いていることに気づいていない。


「けど、俺、翼がいいんだ。気にいっちゃった」

にっこりと笑って、机の上で伏せている翼の手を引っ張る。授業が始まるというのに、教師は正当な王位継承権を持つ子どもが教室を出る光景を見て、何も言わない。
翼が引っ張られるがままに、外まで連れ出された。

「何すんだよ!」

腕を振り払う。
能天気な声が苛立ってしょうがなかった。圧迫された教室という空間を抜けだし、本来の粗雑な態度に戻りつつある翼は、スオウを睨む。それでも彼は笑っていて、翼を不気味にさせた。

「だって、外の方が気持ち良いじゃない」
「そりゃぁ、そうだけど」
「でしょう。俺、教室の中の空気って好きじゃないんだよね」
「へぇ、珍しい。皆、アソコが大好き見たいなのに」
「そうなのかな。けど、俺はこっちの方が好き。翼もそうかなぁって勝手に思ったんだけど違う」
「こっちの方が、そりゃ、好きだよ! あんな所、嫌だ!」

息を荒く、声を張り上げる翼を見て、スオウは安心したかのように、翼を抱きしめる。
何が起こったのか判らず、威嚇行動の為、抱きしめられた腕を薙ぎ払うが、スオウはビクともしない。鍛えてきた力がか細い腕に負けているという現実に翼は打たれるが、スオウの腕の中は心地よかった。

「やっと、本音だね。じゃあ、もう今日は俺と一緒にこっちで寝てようよ」

お日様の光が気持良いよ――
呑気な声を出すスオウに呆気をとられ、先刻までの悲しみと憎しみで溢れていた翼の心が落ち着いていく。

「うん」

大人しく、首を縦に振る。
目の前で、自分を強引に連れ出した人間は他者と違うと認識できた。
人工芝が広がる中庭で二人して寝転び太陽の光を浴びた。





「そういえば、翼の髪の色って綺麗だね。お日様みたい」
「そうか。嫌がる奴の方が多いけど」
「俺は好き。初めて見た時から思っていたよ」
「へぇ、変わってる。皆、泣き虫金髪って馬鹿にするのに」
「馬鹿にする奴の方が馬鹿なんだよ。あ、けど、俺さぁ、赤色はもっと好きなんだ。馬鹿にされるのが嫌だったら、髪の毛の色、染めたら。金髪は俺の前だけで取っておくことにして」

さらりと、述べたスオウの言葉に「やっぱり変わった奴だ」と翼が認識する。

後日、翼は馬鹿にされた金髪を捨て、赤毛の髪を手に入れた。





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