鏡の前で笑顔を作って笑えていることを確認する。ハイネくんと出かける時より、明るい色で縁取られた瞼に薄いチークの頬っぺたは全身が人工物みたいで気持ち悪かった。高校時代の僕が見たらなんて言うだろうか。あの時の僕は中途半端で、陰がなかったが、誰にも寄生して生きていなかった。可愛らしいお洋服を着るのも恥ずかしかったのに、今は、武器として利用している。
考えると全身に湿疹が湧き出たみたいで。肌を整えたばかりのマニュキュアが塗られた爪で引っ掻く。痒みはそれでも収まらず、胸の中で湧き上がる吐瀉物を抑え込んで部屋に鍵をかけた。
マンションのロビーで待っていると、赤いBMWがクラクションを鳴らして、運転席の窓が開く。僕はその窓から出てきた顔を確認すると、今日のために用意した、淡い水色の小さなバックを手にとり、立ち上がった。

「スオウくん」
「お待たせ、桜」
「うんうん、全然待ってないよ。迎えに来てくれてありがとう」
「いいよ、誘ったの俺だし。助かったよ。誰も映画付き合ってくれなくて」
「僕も見たかったから、その映画」


扉が自動的にあいて、僕は車へと乗り込む。ふかふかのソファーのような椅子は黒い皮特有の光沢を輝かせている。

「じゃあ出発しようか」
というスオウくんはギアを引いてハンドルを握る。今日の彼もさながら雑誌に掲載されていそうなファッションで身を固めていた。彼の作り物のような顔が人形を見ている気分にさせられる。喋っているとそうではないのだけれど、スオウくんの本心が蛇のように美しく冷酷な姿であることを僕は知っていた。だって、彼は僕と似ているのだから。擬態するのはとても得意な筈だ。

「今日の服、すごく似合ってるね」
「え、そうかな? 新しい服だったから心配だったんだけど」

照れるように髪の毛を耳にかける。今まで隠れていた服装とは不釣り合いの挑発的なピアスが姿を見せる。スオウくんは可愛い中にどこか刺激的な要素が入っている方が好きなのだと知っていたからだ。しかも、このピアスは僕たちがまだ付き合っているときに彼から与えられたものだ。あの時の僕たちは記念日というものを大切にしていて、付き合いだした当初は、一か月に一度、二人が恋人になった記念を祝ったものだ。今、思い出せば馬鹿みたいに幼い記憶だが。ピアスは記念日に貰ったものだ。灰紫の彼の眸と同じ色をした石を中枢に置いたピアスが耳元できらきら光る。

「まだ持っててくれたんだ」

信号に差し掛かり、ちらりと脇見をするスオウくんが述べる。

「捨てろって言われなかったから」

当時のハイネくんは何も言わなかった。僕が首を切ったばかりで、初くんとスオウくんは寝ている間に付き合っていて、ハイネくんはなぜか僕のことを好きになっていて。色々と混雑した時期だった。今のハイネくんなら「スオウから貰ったものなんて捨てろ」と暴虐武人に言って見せるけど。あの時は無理だったのだ。
結局、言う機会を逃してしまったハイネくんは一度だって僕に告げてこない。変な所で小心者なのか、僕の過去など興味がないのか。おそらく、どちらもだろう。

「似合ってるね」
「服にも?」
「服とはアンバランスだけど、俺は好きだよ」


俺は好きだよ、と言われると自分で狙って着てきた筈の服装なのに、なんだかなぁという気持ちにさせられる。男の人の舌に絡み取られたようだ。蛇が身体に巻き付いてくる。スオウくんは目立って自分の所有物だと主張するのは苦手だけど、陰ながら、所有物を狙ってくる敵に対してマーキングをしておくのは、とても得意だ。ピアスはある意味象徴と言える。

「ありがとう。このピアス気に入ってたから」
「そうなんだぁ。俺さぁ、それ選んだとき、かなり悩んだ覚えあるよ」
「翼くんと選びに行ったんだっけ」
「そうそう! 翼はそんなの止めとけ! 桜にはもっと可愛いのだろうとか言ってきたんだけど」
「スオウくんがこのピアスが良いって言って押し切ったんだよね」
「うん、ほら、やっぱり似合ってる」


信号が青になる直前。スオウくんは僕の耳朶に指の腹を押し当ててきた。通常より低いテノールの声が昼間なのだということを忘れさす。免疫のない子がやられたら顔を真っ赤にしてしまうだろう。
僕は余裕のある笑みを浮かべて「スオウくんのセンスが良いからだよ」と答えた。
どこか寂寞とした雰囲気を残しつつ、スオウくんは再びハンドルを握り、エンジンを蹴る。
彼の視点が前を向いたとき、薫った匂いは柑橘系のすっきりとした匂いで、ハイネくんとは真逆だと思った。ハイネくんは毒が強い、血の残り香を常に漂わせている。こんなの甘くて、纏わりつく匂いとは縁がない。
スオウくんとハイネくんと比べてしまう度に、僕は自分を愛してくれる人であるなら誰でもいいんじゃないかという可哀想な人間になってしまう。寄生虫。誰かに寄生しないと生きていけない人間。自分がないと言われてしまうのも納得はする。良い部分は全部作られたもの。
だから、今日の恰好はスオウくんの好みに合わせたもの。彼が好きだと言ってくれる化粧に、お洋服、アクセサリーという名の外見。





「着いたよ、桜。行こう」

車を止め、僕の手をスオウくんが引っ張る。今日、この手が離されることはないだろう。恋人みたいに寄り添いながら、僕とスオウくんは映画を見るということは、なぜか、自然なことのように思えた。今日が恋人同士で映画館に来ると半額になる日だからとか関係ない。過去に戻ったようだ。

「うん、スオウくん」

頭の中でノイズが走る。
スオウくんと腕を組みながら、ハイネくんのことを思い出した。
僕は今日、帰宅するとスオウくんの好みにラッピングされた格好で、彼の所有物でしたという残り香を見せながら、彼に股を開くのだろう。




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