大理石を削られて建設された白亜の王宮は、円にくり貫かれ宝石のように磨かれた堅牢な柱が蒼天に続く大きな窓を作っていた。神殿かと見違える程、精励で静かな空間でエアハルト・セペロテは馬の足音を鼓膜に捉えた。幼い頃から聞き飽きた、黒馬は蹄を蹴り上げて、唸り声をあげる。手綱を引かれ、制止すると、優雅な動きで、しかし、重量感がある音が地面に響き渡り、待ち人の到着を知らせた。
暫く藍天を見つめていると、侍従が頭を垂れ、待ち人の名前を神妙に告げる。

「アレックス・アレキサンドラー国王がお越しになりました」
「そう、ありがとう」

簡素な礼をエアハルトは述べ、侍従を下がらせる。大理石だけの冷たい空間に、アレックスの足音が反響して、まるで彼が通った後だけ炎の道が出来たかと錯覚するくらい、エアハルトの身体は火照りだした。

「また、こんな風が当たる所にいて」
「アレックスが来るのがここだと良く見える」
「馬鹿か。お前は」

粗忽で乱暴な手つきだが、アレックスがエアハルトだけに向ける優しさに溢れた手のひらが腰に触れる。膝に手を回し抱きかかえると、天蓋がついたベッドまでアレックスはエアハルトを運んだ。
最高級の羊毛を絹で包んだベッドの上に寝転ばすと、髪の毛をたくし上げ、自身のお凸をくっ付けた。熱がないことを確認すると、アレックス専用に用意させた椅子に腰かけ口を開く。

「待たせたな。中々、来られなくて悪かった」
「別に忙しいと聞いているから。平気」
「エア……」

今はアレックスだけが呼ぶ名となってしまった愛称を囁く。
エアハルト・セペロテの両親は先の戦争で命を落とし、彼を後押しする家はエアハルトと年離れた弟を残し滅亡してしまった。嘗ては、国内で名高い名家の一つであったが、幼い子どもと病弱でいつ死ぬか判らぬエアハルトのみとなってしまったのなら話は別だ。
公爵を始めとする貴族達は口を揃えて、エアハルトに王妃の役目を放棄するよう忠告してくる。最早、貴族層にしか存在しないと言われている自分の娘達を次の王妃に押したいからだ。唯でさえ、第十妃まで娶っても良いとされている後宮に踏み入る権利をアレックスはエアハルト一人にしか許していない。
そもそも、戦争で命を落としたというのも怪しい話だ。もう十年以上前のことなので、今更調べようにも手がかりは曖昧にしか残っていないが、大方、セペロテ家の存在が邪魔になった貴族の誰かが策を練り殺したと考えるのが妥当だろう。
だからこそ、即位して早々、アレックスは王妃となるのはエアハルト・セペロテを置いて他に存在せず、彼が子どもを産まない限り自分は誰にも種付けをしないという、礼儀を覆す宣言を貴族達に向かって宣言したのだ。こう言っておけば、エアハルトを軽々暗殺しようという不届きな輩は絞り込む事が出来る。万が一のことに備えての対策も精鋭を配置させ守護させている。
「王妃の役目を放棄しろ」という忠告をしてくる阿呆な貴族の顔も自分がいなくても陰ながら守護させている精励が自分に報告してくる。
気掛かりなのは、この、どこか卑屈で、けど自分のことを愛してやまない王妃が、自信を喪失し自暴自棄にならないことだ。そのため、忙しい時間を割いても訪問することを止めない。愛しているという証拠は何個もあった方が良い。何より、定期的にアレックスはエアハルトの顔を見たくなるのだ。

「体調はどうだ」
「最近はマシだよ」
「嘘をつくな。主治医からの報告は一日一回、欠かさず聞いている」
「……進行が早まった。けど、大丈夫だと思う。十歳に死ぬと言われて、次は十五歳に死ぬと言われて、両親は死んでしまったけど、俺は生きている……もう二十も超えた」
「エア――俺はいつ消えるか判らぬものに縋れるほど強い男ではないぞ」

アレックスは冷えた死人のようなエアハルトの手のひらを握りしめ、痛哭を漏らすように囁く。
エアハルトの病気が発覚したのは二人が九歳の時だ。許嫁同士の定期的な食事会を熟している最中で、アレックスはこんな纏わりつく大人たちの肉々しい眼差しの外で他愛無い会話を二人でしたいと考えている最中だった。フォークで自国を代表する牛肉を煮込み、ケッチャップとソースで味付けされたものを口に運ぶ。何回か噛み、咀嚼しながら眼前に居るエアハルトと話していると突然、エアハルトの体調が悪化した。出会ったときから、身体が丈夫な子では無かったが、発作に見舞われた彼を見るのは初めてで、傍に控えていた侍女が主治医を大急ぎで呼びに行った。
聞いた病名はアレックスが耳にしたことがないもので、心臓が不定期に脈を打ち、血液の循環を可笑しくして、毒素を体中に放出してしまうという内容のものだった。
「残念なことながら一年持つかどうか……判りません」そう、震えながら告げる主治医の首をアレックスは聞きながら斬首してしまいたいと考えたが、自国に彼以上の医者がいなかった為、耐え抜いた。その後、アレックスはエアハルトに悟られないよう秘密裡に彼を直す術を探り、隣国の王宮付き主治医が心臓にかかわる病気に詳しいと知ると、即位後、戦争を嗾けた。一度、そちらの医療技術を貸して欲しいと和平的な誘いを持ちかけたが、断られてしまった為だ。貴族達も近年起こっていたX染色体の損失に酷く頭を抱えていた為、植民地を広げる案に直ぐ、乗ってきた。
戦争は僅か三日で終焉を迎え、無礼な物言いを放った王族を死罪に処すと、アレックスは一日、二日の命を生きるエアハルトの前に医者を連れてきて、治すよう命じた。こちらの国より、医療が進んでいたお蔭で、エアハルトの寿命は延びた。そうして、アレックスは貴族や他の領地の王族に対して、女を駆り、領土を拡大するための戦争だという嘘を言いながら、エアハルトを直す術を持った人間を求め続けた。

「今度こそ、当たりだ。エア」
「すべてを癒す術でしたっけ」
「ああ」
「ついに呪いの類いに頼ることになるんですね」
「お前が治るなら、どれだけ胡散臭くても構わない」


手のひらを離し、髪の毛をくしゃりと撫でる。
今度、戦を仕掛けるのはオフィーリアと月詠という連合王国だ。自国を除き、世界で一・二を争う強豪国だが、躊躇いはなかった。耳障りな貴族たちを一蹴し、付き合いが良い他の領土の王達と共に作戦を練った。
今度は逃すことはない。
他の報酬など、なんでもくれてやる。
アレックスは柔らかく、消えていきそうなエアハルトの髪の毛を撫でた。この王妃にアレックスが涙を見せたことは生まれて一度しかない。二度目など、彼のプライドが許さなかった。恐らく、アレックスが泣いてしまうのは、エアハルト・セペロテという自分の愛する人間がこの世から消失してしまった瞬間だろう。それを迎えないために。


「エア、お前が回復したら俺にお前を抱かせろ」
「他の人で満足しているんですよね。だったら、別にいいじゃないですか」
「お前が倒れるまではな。あんなの、流れ作業だ。精通してなかった頃だからノーカンだろ」
「抱いてないんですか?」
「抱いてねぇって言ったら嘘になるけど。抱いたあと、ちゃんと殺してるから、今、生きている中で抱いたことある奴はいねぇよ」
「俺も殺すんですか」
「冗談いうな。殺したいなら、今直ぐにでも、衝動にまかせて、野獣のようになり、お前を抱いている」
「ごめんなさい」

失言でしたというようにエアハルトは謝罪する。
アレックスは「俺もお前じゃない孔を使って発散しているのだからしょうがない」と言ってエアハルトの失言を許した。
実際、アレックスはエアハルト以外の人間を好んで抱いている訳ではない。セックス麻薬に似ている。馬鹿みたいに抱き合って、セックスという異常な空間を共有することは、簡単な仲間意識を生み出す。狂った、戦争をしているときよりも、そこの意思がない、残虐な行為を、他の領土の王達と繰り広げる。彼らにも、親が決めた許嫁がいると言うのに、そんなもの関係ない。そう言って、すべての責任を押し付ける訳ではないのだが。犯した相手を塵屑のように捨て去るという合理的な方法はアレックスが編み出したものであるし、女不足が嘆かれる国を作り出した原因の一旦を間違いなくアレックスは担っている。


「エア、これを俺だと思って持っていろ」

謝罪したエアの口を塞ぐようにキスしたあと、アレックスは短剣をエアハルトに差し出した。それは、代々、アレキサンドラー家の嫡男が一人前の炎術師として認められた時に渡される物だ。黄金を切り取り、磨け上げられた剣先は深い炎を宿している。柄には宝石が惜しみなく埋め込められており、一つ一つの色は各領土を収める王達が得意とする術を示していた。

「拒絶することは許さない。黙って、持っていればいい」
「有り難く」
「多少、生命力を伸ばす力があるだろう」
「抱きながら寝ます」

鞘に収まっていない短剣を眺めながら告げるエアハルトにアレックスは溜息をつく。

「お前は寝相が悪いから止めておけ」
「けど!」
「エア……――俺の心拍数をあげるな」

人差し指で唇を抑えると、エアハルトは黙るしかなくなった。けれど、せっかく貰ったのだから、四六時中共にいたい。ちらりと、アレックスの方を覗き見る。
はぁと、諦めに似た息を吐き出して「数日以内に鞘を持ってくる」と告げた。本来、丸出しの方が効果は期待できるのだが。誤って自身で頸動脈を斬られるより、幾分、ましだ。

「今日は、ここで寝ていかれますか?」
「ああ、そうだな。早朝に出て行っても良いというなら。ここに居させてもらおう」
「早朝から、どちらに?」
「ティガの所だ。人質について話し合う必要がある」
「そんなの、あっちが来ればいいのに」
「馬で行くと直ぐだ。あっちにも無理させるわけにはいかねぇからな」



アレックスが行くなんて可笑しいとぶつぶつ文句を言い出した、可愛い王妃を見て、アレックスは頬に口付け、そのまま、ベッドに倒れ込んだ。

「主治医がくるまで、あと何時間だ」
「一時間ほど」
「では、俺は王妃のベッドで仮眠を取ろうとしよう。寝させてくれるな」
「もちろんです!」

意地らしく片隅に寄るエアハルトをアレックスは引き寄せる。まだ動いている心臓の音を聞きながら、頭の片隅で策略を練り始めた。




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