トイレに入ると女性のむせ変えるような、愛液の臭いに顔をしかめる。この臭いは彼女たちが股関から放つ女の穢れだ。子どもを産むための月経。その残死。身体の仕組み。全部、僕にはないもの。月経は不定期ながら訪れるのに、僕の身体は随分、我儘だ。調整の為に分泌液は吐き出してくれない。
僕はゆっくりと、ティッシュペーパーに消毒液を付け、便座を拭く。油性マーカ特有のアルコール臭が鼻腔を過った。
甘いくせに腐りきった香りはこれで気休め程度に姿を変える。僕はようやく安心して便座に腰を下ろす。タイツを脱ぐと隠していた陰茎が股間から顔を出していて、無意識の間に僕は彼女たちのように女にはなれないのだと、馬鹿で今更過ぎる絶望に苦笑い、尿を陰茎の先から漏らした。
ちょろちょろちょろ
漏らす。僕から漂う臭いはどちらかというと男の公衆便所のような、アンモニア臭がする。拭かなくて良い陰茎をトイレットペーパーで綺麗にすると、濁ったお茶みたいな色をした便器のなかに放り込んだ。
嫌になる。
彼女たち女という生物は、腐廃物を簡単に隠しておける。お気楽な身分だ。あの、愛液の香りには、穢れしか詰まっていないというのに。
トイレから出ると汐ちゃんが悠遠を見つめるような艶がある眼差しで女の子二人の会話を聞いていた。脳内が馬鹿なんだと分かる口調で、女であることに怠惰した内容だ。僕は今、汐ちゃんの気持ちが痛いほど分かると唇を細めながら席についた。


「お待たせ」
「大丈夫、待ってない」
「ケーキ選んだ?」
「うん。抹茶のムースにする」
「じゃあ僕は檸檬のタルトにしようかな」


店員を普段より一オクターブ高い肉声で呼び止めると注文する。紅茶もセットで頼み、数分後運び込まれた熱々のカップにグロスが塗られた唇をつけた。
食器の音を最小限に止め、ケーキをフォークで小さめに切り分ける。断面図から檸檬ソースが割れだし、切り取ったケーキにソースを辛めながら食べた。
食べている最中、僕らはそんなに大きくない声色を店内に響き渡るクラシックに乗せて喋る。下品な声はできるだけ立てない。二人だけの暗黙のルール。食べ終わりは二人ともそれは綺麗で、フォークを皿の端にのせる。もう食べないというルールだ。
周囲に居る誰よりも僕らはきっと女の子らしい女の子で、だからこそ、人工物という臭いが漂うんだろうと思う。
汐ちゃんは紅茶を一口飲み

「いやになるわね」

と珍しく弱音を漏らした。僕も同意見だったので首を下げる。
御化粧をして、スカートを穿いて、靴ずれしてサイズの合わない靴を履き、食事マナーにも気をつけているというのに、僕たちより、彼女たちの方が女というだけで、余裕を醸し出していられる。別に今は男も子どもが産める時代になったんだから、良いじゃないかという意見もあるかも知れないけど。やっぱり、違うんだ。
男女の壁というのは。トイレ一つからでも実感することが出来る。妬ましさが僅かに募る。
比べることじゃないということも理解しているのに。
二人で穢れがこもった愚痴を言い合う。二人にしか聞こえない声色で。
外にいる僕らの周りはどこを見ても、御伽噺の風景で詰まっていた。





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