飯沼祐樹は寝静まった透の柔らかく細い髪を丁寧に撫でながらため息をついた。闇に潜むものを見れば、思わず生唾を飲み込んでしまう。
スタンドの橙色に輝く光にあてられた自分の手のひらを覗き込んだ。若く溌剌としていた手はなくなり、皺が増えた。堅牢な肉豆が重なりあいざらついている。歳を老いた証拠だ。しなやかな筋肉に包まれた男の手が、骨ばっているが、骨の上にはすでに皮膚が覆い被さっているだけの状態だ。若い頃とはあまりにも違う。
祐樹はこの手のひらを見るたびに迫り来る自分の死期を感じ取る。おそらく、自分は透より先に死んでしまうだろう。なんとなく、もうこれは感覚でしか表せないものだが確信を持ってそう言える。膵臓を痛めたのは去年の暮れだった。歳をとると自分の病気なんて笑って話せるものになってしまうのだが、この時だけは違った。
自分はこの病魔に犯されて死ぬのだとひっそり自覚した。透は多少、不安になりながらも精一杯の虚勢と、病状が軽いということもあり「大丈夫だよ」という言葉をかけてくれた。あの台詞は自分自身を慰めるものだったのだろう。もちろん、これに祐樹は「大丈夫だね」と返した。けれど、駄目なのだろうということには気付いていて、ふと、一人だけ寝れない夜を迎えると言い様のない哀しみがこの世に訪れてしまう。
自分は彼を置いていくのだ。
どちらが先に死んだとて、そう思うだろうが、置いていったときのことを考えて泣くのだろう。
じんわりと自分の双眸に熱い滴が溜まっていることに気づき祐樹は涙を手のひらで拭う。透に見られてしまえば「悲しいことを想像するなよ」という眼差しで見られてしまうだろうが、構わなかった。
この子はどうするんだろうか。
自分が死んでしまったあと。もう、透が自分が幻想を抱いているより、逞しく強かな人間であるということは知っているが、彼はあまりにも友人が少ない。子どもを残せたのがせめてもの救いだと感じるが、彼と同じ時間を共有し、なんでも話せる友達が減ってしまった。それはまだ幼い頃、下らない嫉妬心で彼から友人を遠ざけてしまった自分に責任がある。成長してきた時間を通してしか語り合えないことの多さは図りきれない。唯一、透とそれを語り合えるのは自分だけだ。今まではそれで良かった。自分が話し相手になれば良かったのだから。
けれど、これから。
これから、自分が死んでしまったら、彼はどうするのだろう。自殺することも叶わず「寂しさ」だけを抱えてこれからも生きていくのか。「寂しさ」を口にすることすら出来ず。



「透」

輪郭をなぞる。
絹のように滑らかな肌だ。ぼろぼろと泣きじゃくる祐樹にうっすらと瞼を開いた透は涙を拭うようにして、皺だらけの手で顔に触れる。


「祐樹って本当に泣き虫だな」


泣き虫だよ。ああ、俺はこんなに泣くことが出来るのに。
君に謝罪すらできない。


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -