人生というのは瞬く間に黒に代わる。私はそれを身をもって知った。もしかしたら、私もこんな風に他人を自分の常識で淘汰していたのだろうかと、考えるだけで鳥肌がたつ。暗礁は愉快に息を潜めて、他者の身体に穴を空けるのだ。
睥睨し、他者を見渡してきたつもりなのに。私の中にゆっくりと白いものが吐き出される。組引かれた時に食い込んだ爪とか。血液の線が肌を落ちる様子とか。私とは違う骨ばった大きなものが柔らかい身体に触れる。差異とは恐怖だ。まだ名前を知らない対象への。嫌だ! と叫んだ。こんなに両親の名前を心髄から叫んだのは久しぶりのことだった。
幼少の時以来。
あの時の私は確か、ニナと川に遊びにきていた。遠くにお父さんが見守っていて、川の流れは表面上、穏やかだった。
川岸で遊んでいたのだけど、ニナの麦わら帽子がふわっと飛んで川に落ちた。私が取ってきてあげる! と止めるニナを差し押さえ川へと飛び込んだ。水泳には自信があったもの。ただ、穏やかに見えた水面とは違い濁流に足を絡みとられ、溺れてしまった。
あのときの、どんなに叫んでも、どうしようもない恐怖と似ている。お父さん! お父さん! と叫ぶ私の姿。
組引かれた、唾液を交配される。こんなとき、腐女子で良かったネタになるわって余裕を持って言えたらどんなに楽だったか。きっと笑い話になる、楽観視なんか出来なくて、襲いに来るのは漆黒に染められた男の手だ。
くやしい
くやしい
くやしい
くやしい
私はなんて惨めなの! 私はなんて世界を知らなかったの! だってお前誘ってたじゃないかって! この男は私に言うんだわ。その通りよ! 私は貴方の前で無防備な姿を晒したわ。裸になって普段通り寝転んだわよ!! 女の子が男の前に裸で寝転んだら、そりゃあ、犯して下さいと言っているものだもの。貴方に搾取され続けている最中、冗談言うなよ、とか、分かってるとかを貴方がいうたびに、理解したわよ。
くやしい
犯されたことじゃない。それもくやしいけど、それ以上にくやしいのは、知らなかった自分。温室育ちの自分。
本当に私は今まで幸せに暮らしていたんだわ。私を連れ去る。幸福な子ども時代が終焉を迎える。引き摺りこんだ相手はよりにもよって、私より子どもの男。
ニナ、ごめんね、ニナ。私、実は貴女にあげたかったのよ。全部ね。私はなんとなく、貴女が欲しかったもの。けど、それは、あの日、麦わら帽子が飛んでいった日からまったく脱却しない平穏な日々がずっと続いていくっていう意味と変わらないこと。少なくとも私はそうだった。シェルターの中にいるみたい。そうそう、ジルと充葉さんとか、透さんと祐樹さんとか、あんな感じかな。毒素を排出もせず、全部を一緒に食べ尽くすの。
だけど、無理みたいで。
私は悔しくて、悔しくて、哀しみとか苦しみを表に出すなんて惨めな真似はしたくないから、怒りに変えることにした。
そのどす黒い、粘着性をもった物体を、そうされた相手に吐き出すなんて無理だから。弱味は見せたくない。そうしていく間に嘘泣きか本気で泣いているのか分からなくなる。



「私と結婚しなさい」



いつだって、見栄を張って、私を理解してくれた空間を放置して、そう告げることにした。
私とは違う白すぎる首を締め上げて。静かに。さよなら。
果たして、白い首が男のものなのか、私の子ども時代のものなのか、なんて区別はつかないけれど。


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