気持ち悪い声を吐く人だ。あの人の周りだけぐにゃりと歪曲していて、俺の肌に指先が触れようとするのなら、異教徒と禁断の出会いを果たしてしまったみたいに、電撃が走って、弱者が蹂躙される。
本来、弱者を護るためにあるはずの神が、跋扈し、拝跪することしか許さないと言っているようで。俺は震えあがって、小さくなって、ベッドのシーツに丸まっていたいのに、許されない。白亜のシーツは強引に搾取され、四面楚歌にされる。あの人は俺の肌に触れる。

「止めて、下さい」
「どうして?」
「いや、です、俺は」
「嫌じゃないよね、オレのマザー」


マザーテレサ、マザーテレサ――貴方がもし生きていらっしゃったとするならば、貴方はどのように彼を許すのでしょうか。背徳に溺れた欲を生きる糧にしているような人間に対して。
俺は許す術を知りません。現状は許すというよりも受け流すようにやり過ごしているだけです。それでは、あまりにも、居た堪れない。
眼前で、涎を垂らして、俺の咥内に唾液を送り込むこの異教徒に対しても、可哀相ではありませんか。隣人を愛すべきであると、主イエス・キリストは仰いました。彼は自分を裏切り死まで導いたユダでさえも、お許しになった方です。俺も、それに従います。ただ、方法が判らないのです。
マザー、マザーと口にするものですから、てっきり俺は母親を求めているのかと勘違いしましたが、そうではないらしく、俺が、彼を肉親的な意味合いを込めて甘やかすと、彼は怪訝そうに眉を顰め、俺に暴力を振るうのです。
拳が捻じり込まれて、硝子の切れ嘴が彼の皮膚に食い込んで、彼はあまりにも痛そうで、俺もあまりにも痛いのです。
やはり、獅子が子どもを渓谷に落とすように、俺も彼を叱咤するしかないのでしょうか。
ですが、彼は俺が逆らうことを許さないのです。
ですから、先ほど、言った通り、彼はマザーを慕う身でありながら、彼自身が、神様であるのです。傲慢で、神と崇めるより、孤独な王に称えた方が判りやすいかも知れません。神の如き力を持っていようとも、神である筈がないのです。なぜかと申しますと、彼は人間らしい欠損を大層抱えて、泣いているからです。
マザー、マザー――
主イエス・キリストよ。
貴方が触れた磔刑の罪を俺も謹んで受けるべきなのでしょうか。寧ろ、これは、貴方が私に与えた非常に残酷な試験であるのでしょうか。
俺にはまるで判りません。
胸にかけていた、ロザリオも。聖書も、讃美歌も、すべて剥奪され、日にちに貴方の伊吹を感じ取ることが難しくなって、彼に神の残像を見るのです。



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