アレックス・アレキサンドラーについて。
今回はなぜ、彼が僕の出生の秘密を知り如何に彼が傲慢な人間であるかを語ろう。

「エンジェル」と皮肉めいた肉声で僕を呼んだのは茹だるような夏の日だった。指で数えられる程度しかない英国の夏。
樹木の木陰に腰掛け読書をしていた。左隣には白く聳え立つ校舎が見えるがここには誰もいない。樹齢千年を越す大木の下は清閑とした空気を保っており、静かだ。耳障りな排気ガスから遠ざくように、小鳥の囀ずりが聞こえてくる。
羊皮紙を赤く染め上げ、糸で縫い付けた指先に染み付く本のページを捲ると、影が濃くなった。
顔をあげるとそこに立っているのは、溌剌とした顔をし、内面が輪郭に表れたような子ども。灰色の髪の毛を靡かせ、不遜な紫の双眸で僕をい抜く。

「なに?」
「アレックス・アレキサンドラー様だ」
「そう、知ってる」
「ニキータ、久しぶりだな」

にやりと白い歯が見える笑い方が気持ち悪くて仕方なかった。
僕は家名を聞き、本を畳む。彼に会うのは久しぶりだ。初等部一年生からの形だけの友好関係だが、会話を交わしたのは数えるほど。貴族、ということで、ともに居るが、他者とのか関わりを好まない僕は常に隅っこで本を読んでいた。彼も僕には五大貴族以上の興味など抱いていなかった。
軋む古びたベンチに座るよう示唆したが、僕の命令に従いたくないのか、アレックスは僕の前で影を作り続けた。


「お前、俺の所有物にしてやるよ」
「はぁ」

僕はアレックスの態度に頭が狂っているのかアレキサンドラー家の跡継ぎが残念だな、という感想を抱いた。話がそれだけなら、対等な立場を所有する人間として、立ち去るつもりだった。しかし、アレックスは僕の腕に指を食い込ませ、地面に頭を叩き付けた。彼という人間は自分に歯向かう存在が心髄から気に食わないのさ。後頭部を強打した僕は冷静に物事を考えている暇などなかったが。



「楽園に産まれた林檎風情が俺に逆らってんじゃねぇぞ」




言われた意味を僕は嫌というほど理解していた。ただ、その理解よりも先に跋扈してきたのは、冷酷な鐘の音だった。なぜ、眼前にいる少年が把握し、材料を華麗に操るように僕に対し交渉を持ち掛けているのだろう。

「どこで」
「どこって、調べたに決まってんだろう。貴族の敵は平民無勢ではなく、やはり貴族ということだ。内側からの侵入にお前の家は驚くほど脆かった」

膝の上に落とされた資料の束。指先を震わせながら、資料を拾うと羅列した文字に目を通していく。一字、一字を費やすたびに、僕の身体は発汗し、膨大な水滴を紙に落とした。紙に落とされた滴は波紋を呼び、滲みを増やしていく。


「五大貴族の恥だ。内側の教育も徹底させろよ」
「なぜ、こんなことを」


アレックスは震え小鹿のような僕の顎に指をかける。目線を下げられぬよう、固定された。逃げることなど、許さない。今までの戯れの中で、稀にアレックスが覗かせていた、双眸の輝きだ。生唾を租借する。
恐怖心のあまり、泣き出し、平伏したい衝動に駆られることなど、初めての経験だ。
野獣の王、獅子が砲口を放っている。圧倒的な威圧感があるこの王は紛れもなく生まれながらにして他者を踏み潰す術を掌握していた。


「始めにも言っただろう。俺の所有物になれ」
「なにを言っているの。バカじゃない。君」
「よく、その発言が言えたものだな。とりあえず、酔狂として許してやるが、二度目はないぞ」
「だったら、いくらでも言ってやるよ。僕は、君のものにはならない。僕は、ずっと、僕のものだ。例え、脅されようとも」

震える口を動かして、唾を吐きだすと、アレックスは僕の顎を握る手を強め、唇を無理矢理、貪った。折れそうな腕で抵抗するが、彼の胸板はびくともしない。舌を噛み切ってやりたかったが、顎を抑えられ、歯を動かせない。褒美を取らすように、唾液を送り続ける。

「抗うな」
「っ……」

濃厚な舌使いで骨抜きにされた僕の陰茎を握りながらアレックスが声を発する。全身から力が抜けていき、僕は彼の手をぎゅうっと握りしめた。爪が皮膚に食い込み、爛れていく。アレックスは僕の骨を逆に折り曲げた。「ああ――」と痛みのあまり甲高い声が漏れると「小鳥のようだな」と言って、頬を舐めた。
僕と違いもう、大人の身体が僕を組み引く。

「ニキータ・ベルモット――お前は俺のものだ」
「僕は……」
「なにも、考えるな。お前は、俺の天使になればいい。ただ、それだけだ」
「胸糞悪い、愛称だ」
「しょうがねぇだろう、気に入ったんだからよぉ。お前の容姿とその、血がよぉ」

アレックスはぺらぺらと流暢に喋り始めた。
初めて僕を見た日からその容姿に惚れ込んだこと。
手に入れるために、大よそ、六年間、部下に僕の家を粗探しさせたこと。
安心しろ、その部下はとっくの昔に死んでしまったということ(殺し方は聞かなかった。どちらにせよ、彼は直接手を下していないということだけは、煌びやかに輝く指先の隙間から感じ取れた) 
英国史上主義の彼にとってなにより血を濃厚に受け継ぐ僕はとてもお気に入りの玩具として優秀な存在であったこと。
気に入ったものは手に入れなくては気がすまない存在なのかということ。

アレックスはその日、僕を犯さなかった。長年かけて手に入れたメインディッシュはゆっくりと食べる主義らしい。
美味しいものはあとで取っておく派のか、と僕は納得をした。



ようするに、彼は幼いころから、欲しいものを手に入れないと気が済まない子供のまま成長してしまった憐れな人間だということも言える。傲慢で、彼が敵わない相手は王族の人間だけだろう。
以前、拝謁の場で彼が大人しく膝を折る場面を見て、僕はそんな人間にお前が膝を折るな、と言いたくなった。あの日、僕に命じた彼の背中に見た姿は、この世の誰の下に立つ姿も似合わないものだったからだ。口が裂けても言えないが。
魅せられてしまったのだ。彼に。だから、僕は彼のことを嫌いになれない。「エンジェル」という侮蔑の愛称で傷口を抉られても。理不尽な物言いでぐちゃぐちゃにされても。




それになんだか、可愛いじゃないか。
飽きたら塵箱に捨てるのが、性分の彼が僕を廃棄できずにいるのが、僕の処女を奪えなかったことを未だに悔んでいるなんて。
このことについて話すには、メリー・ルイスルピーについて語らなければいけない。
それはまた、今度、僕の気が向いたときに。




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