アレックス・アレキサンドラーについて。
彼の指は骨ばっていて、皮膚から薄い骨が見えている。肌が驚くほど白いくせに、健康的に見える。ピアスが好き。耳にも、臍にも、舌にもピアスをしている。唾液を絡み合わせると、金属が僕の喉に吸いつく。歯にかちかち当たる。鈍い味が広がり「苦い」というと、当然のような顔をして不敵に笑う。腹は八等分に筋肉が割れていて、セックスをするために必要なのは腹筋だと豪語していた馬鹿なだけある。僕はその筋肉に触れるのが割と好きだ。アレックスは何も言わず、僕に筋肉を触らす。

「エンジェル」

アレックスが僕を呼ぶ。
天使なんて間抜けな愛称だ。別に僕たちが付き合いだしたから、アレックスが僕のことをこんな間抜けな愛称で呼ぶようになったわけではない。初等学校の時からアレックスは変わらず僕をこう呼ぶ。出会ったときに英国人らしい僕の碧眼と金髪を見て、彼が名付けた愛称だ。嫌ではないので、僕はそれを甘んじて受けている。所詮セックスをする為だけの、恋人同士だが、情事の最中に低く掠れた肉声で「ニキータ」と僕の名前を撃ち込んでくるのは嫌いじゃない。慣れた手つきで、僕を喜ばすためにやっているのだから、大した男だ。名前と愛称というのは、そうでなければ意味がない。その隙間に愛しているなんて言葉を捧げてきて、興奮する材料を投下される。
巧みな男だ。一見、馬鹿にしか見えない、いや、馬鹿なのだろうが、愚鈍でもなく、滑稽でもない。彼が繰り広げる、阿呆な行為を嘘だと見抜いている人間は、この世に多くはないだろう。痴呆に見えて、頭がよく、動く男なのだ。
先ほどは「英国人らしい僕の碧眼と金髪を見て彼が名付けた愛称だ」とエンジェルという呼び方について説明したが実はそうじゃない。では、先ほどのは、なんだったのかと問われると、嘘と言うしかない。騙される方が悪いのさ。
彼が僕を「エンジェル」と呼ぶのは、その生き様があまりにも無様で、神には届かないと知っているからだ。英国五大貴族の中で、僕は唯一、愛人を孕ませて生まれてきた子どもだ。こんな、恥ともいえる事実を知っている人間はアレックスが阿呆ではないと知っている人間より、ずっと少ない。僕の母は父の妹だった。妹を愛人にしていた愚図といえば、それまでだが、彼女は僕を孕み、僕を産んだ。
隠蔽工作の為、赤ん坊の僕は産声を上げている最中に殺されるか、殺されないかの選択を迫られたらしい。今、生きていることから、殺されない選択がされたのだろう。僕の母はイブで父親はアダム。僕は毒林檎というわけだ。唆した蛇でも構わない。だから、彼は皮肉をこめて「エンジェル」と僕を呼ぶのさ。なんて、嫌な奴なんだろう。「エンジェル」な訳がないのだ。楽園を追放された禁断の果実が、僕の正式な名前。
別に嫌いじゃないけどね。アレックスのこと。身体の相性も良いし、僕は僕なりに、彼は彼なりに、互いのことを、漠然と愛しているのだろう。だって、僕は英国五大貴族の一員である直系の血を濃厚に受け継いでいる。英国至上主義の彼が僕を嫌う訳ないのさ。
そうだね、なぜ、彼が僕の出生を知っているかって。それは、面倒だから、また、次の機会があれば話すことにするよ。



ああ、林檎は僕の前に出さないでおいて貰える?




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