耳を欹てるとアイツの心音が聞こえてくる。私とは骨格から違うゴツゴツした骨ばった指が柔肌に当たると馬鹿みたいに顔を紅くする。
男の人って本当に好きな人を前にすると、興奮するんだわ。囃すみたいに絡めてみる。あら、私も興奮したみたい。自分の音がどちらか判らなくなってきたから。アイツは私の指の隙間を這うように撫でると、骨ばった指先で包み込んでくる。
気付いたら「冗談だよ」なんて言って離す機会を失ってしまって手は繋いだままだ。
カッコイイ男には生まれつき慣れているけど、視線を感じて恥ずかしいと目を瞑りたくなるのは久しぶり。幼稚園以来。
昔はね、お祖母ちゃんと一緒に迎えにきてくれる佐治くんにドキドキしていたんだわ。今では随分、懐かしくて恥ずかしい経験だけど。佐治くんが私の横に立つと長い睫毛を下から煽っている。まるでお伽話に登場する王子様みたいな顔があるから。王子様はきらきらしていて、時が止まったみたいなの。佐治くんが屈むと私はどきっとして、抱き上げられると恥ずかしくて堪らなかった。初恋なのかも知れない。親戚のお兄ちゃんに憧れるみたいな感覚。
その他にも私は片想いをしてきたけど。
例えば小学六年生の時は同じクラスの小嶋くんが好きだった。図工が得意な子で素朴な雰囲気とは噛み合わない作品を作るものだから私はすっかり惚れてしまったのだ。小嶋くんは誰も好きになる子がいなかったから、私は「小嶋くんを好き」と言っていられた。「春子はイケメンに囲まれているからちょっと違うのよね」って言いながら友達は笑っていた。
中学生に上がると「あんなイケメンの幼馴染みがいるのに誰も好きにならないなんて可笑しい」と言われたので初めは適当に「スオウくん」と言っていたら嘘を見破られたので、これまた適当に「秋嶺くん」と答えたら納得してくれた。
どちらも素敵な幼馴染みなのに、どこに彼女たちを納得させる材料があったのだろうか。暫くしてその悩みは解決され、質問をしてきた友達が「スオウくんのことが好きなの」と数人に慰めながら泣いている茶番劇が繰り広げられた。
私に言われてもなぁ、と面倒な恋ばなに巻き込まれてしまった、と眉を潜めると「告白したら振られちゃった。「春子、スオウくんって春子のこと好きなの」とか言われてしまった。違うに決まっている。「スオウくんには付き合っている彼女がいたから振られただけでしょう。私なわけがないよ。また違うチャンス狙ってみなよ」優しく諭すと「じゃあ聞いてきて! 誰と付き合っているか」だって。
げーー面倒臭い。聞いてどうするの。虐めるの。彼女のこと。別れてって頼むの。どっちにしろ、他人に頼っている時点で、無理じゃないかな。好きなら自分で突撃していけばいいのに。けど、私は、断ったあとに待っている面倒なことを彷彿して「いいよ、わかった」という。ほら、私も目の前に居る子となんら変わらないわ。
私はスオウくんに付き合っている子を聞いて中学時代の好きな人は「秋嶺くん」だった。
噂を聞いた三つ下の秋嶺くんは特に気にすることなく「嘘だよ」というと「気にしていない」と言った。続けて私は「ごめんね」と謝る。「謝る理由が分からない」と言われ、私は君のことがわりと好きだよ、付き合えるかも、と女の子らしい気持ちになったけど、なにも言えず高校生になった。
高校時代は恋なんてしなかった。それより素晴らしい趣味を見つけたからだ。実益と兼ね備えている趣味は私を護る盾で「オタクだから恋愛に興味ないオーデルシュヴァング家の長女」として有名になった。写真を撮り売りさばいたり、同人誌を作ったり。楽しくて交友関係も広がって、恋愛が入り込んでこない世界ってなんて楽なのかしら! と気は晴れやかになった。
この頃からだろうか。「結婚した相手に処女を捨てる」なんて馬鹿げた公言を始めたのは。皆は笑っていた。私も面白いと思っていて。だって、オトコノコという存在は紙の世界にしかいなかった。別次元の人っていうのが私の中にあってね。私はこのさき、関わることなく、あの揺り籠のような家で一生を終えるのだろうと決めつけていた。
それがまさか! どうしたことだろうか!
馬鹿みたいに好きになってしまったみたい。認めたくなんて、ないんだけど。手を繋いだ先があたたかくて、電流がばりばりって走ったみたいで、目を瞑りたくなる。横にいる、私とは違う身体のつくりをした男の人と一緒に居るのが恥ずかしい。嬉しいって思っている自分が恥ずかしくて。
とてもじゃないけど「どう、私の彼氏カッコイイでしょう」っていう優越感なんか得られるわけがない。逆に「私はこの人とは友達なだけなんです」と拡張器を使って叫びたいくらい。彼氏っていう存在に慣れない。こんなこと、誰にもいえないけど。
私ってオンナノコだったのね。恋って恥ずかしくて臆病になるものでもあるんだね。悔しい。




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