ハイネが告げた言葉の意味を咀嚼するまで暫し時間を要した。桜はごくんと生唾を飲み込むと、震える口を開いた。


「そうだよ」
「へぇ、そっかぁ」
「けど、もう止める」


好き、だった。
過去形に持って行きたかった。まさか、ハイネが自分の恋心を気付いているというのは予想外だった。どれだけ鈍感な人間でも暴かれてしまうようなものであったが、初以外の人間に興味など持たないハイネが気付いているとは想像さえしていなかった。僅かの嬉しさを掻き消す様に、スオウの顔を思い出す。


「止めるんだ。ごめんね、気持ち悪い思いをさせて」


ハイネは桜の言葉になにも言わなかった。
桜だけが甘音が激しく降り注ぐ中を破るように喋る。


「僕はずっとハイネくんが好きだった。けれど、もう、諦める。他に好きな人をつくって、ハイネくんのこと、忘れるから。だから、気にしなくていいよ」
「他に好きな人ってスオウ?」


意表を突かれ桜はゆっくりと目線をあげる。今まで見たことない、どす黒い顔をしたハイネが桜の手首を握り締めて、冷たい床に投げ捨てた。受け身を取ったが、背骨を強打し、痛さに脅える桜の前髪を引っ張ってハイネは息を近づける。


「スオウ?」
「そ、そうだ、よ」


嘘をついても良かったのだが、そんなものハイネの前では無意味に思え、桜は素直に吐露してしまう。引っ張られた前髪が痛い。痛さを興奮に変える性癖はあるが、恐怖の方が勝っている今となれば、そんなもの無意味だった。桜は、思考回路が全く読めない、ハイネの行動に身を竦めるばかりだ。


「やっぱりスオウなんだぁ」
「ハイネくん?」



昔からハイネがスオウにコンプレックスを抱いていることは重々承知だった。ハイネは止める桜を横に苛立つとスオウの玩具を放り投げて壊した。壊した後は、見ているこちらが痛くなるほど泣いていた。後悔とか、自分の小ささとかで、身を雁字搦めにして弱まっていく姿は滑稽だ。玩具を壊された筈のスオウはけろりとした表情で見ているというのに。
だから、桜は知っていた。
本当に弱いのはハイネだということも。
この地球上で、飯沼初という人間以外どうでも良いと思い込もうとするハイネが次に好きな人間が、スオウであるということも。
スオウのことが好きすぎて、スオウのことを、彼が嫌いだということも。嫌いというのは相当のエネルギーを消費する感情だ。時には、好きという感情よりも自己を翻弄してしまう厄介なもの。ハイネはそれをずっとスオウに向けていた。中身が美しい好きではないかも知れない。寧ろ、好き、という言葉で片付けるより、愛と表現した方が正しいだろう。


「あとさぁ、桜って、女の部分持っているってホント?」



話を引っ繰り返す様に、スオウのことを投げだして、ハイネは桜の身体を見つめる。
桜は誰がそのことを喋ったのだろう、と戸惑ったがすぐに犯人がスオウだと分かる。悪意がないと分かりきっているからこそ「どうしてそれを喋ったの!」と追求することさえ叶わないが。


「本当だよ」
「そうなんだ。ふぅん」


ハイネは前髪を離した衝動で桜の頭を床に投げつけた。後頭部を打った、桜は視界を揺らしながら、ハイネが自分の下半身に手をやる光景をみて、咄嗟に指先をハイネの手首に食いこませた。


「止めて!」
「ヤダ」
「嫌、嫌だ! 止めて! 見ないで!」
「煩いよ、桜」


ハイネは自分より非力な桜の手を反対方向へと圧し折るようにもう片方の手のひらで手首に食い込んだ指を剥ぎ取る。
人体から発してはいけない音が「ぐぎり」と響き渡り、桜は声にならない悲鳴をあげた。その悲鳴がハイネにとって目障りで仕方なく、しょうがなく痛みで泣き叫ぶ桜の頬を手のひらでぶった。


「黙れって」
「ひっぁっや、っ」
「もう止めるってことは、まだ俺のことスキナンデショウ? だったら、いいじゃねぇか。俺に抱かれるくらい」
「やっひっぁ、や、だ、ぼ、くは。そんなの」



決壊したように桜は双眸から涙をぼろぼろ流す。
ハイネはこの弟の涙を見たのが実は久方ぶりだが、そんなこと、どうでも良かった。ハイネは、震える桜の喉に手をつける。


「そんなの、なに?」


気に食わない言葉を吐いたらいつでも殺してしまえるという合図だった。桜は、ただ息を整えるだけで一分の時間を要した。耳障りで全てを無かったことにしてしまえる豪雨だけが部屋を包む。







「僕のこと、殺して」




そんなに嫌なのなら!
そんなに目障りなら!
一層のこと殺して欲しい!
生きている意味なんてもの、なかったことにするように! ずっと、昔から望んでいたことだ。最近はスオウのお陰で考え方に柔軟な変化が生まれたが。
中途半端な自分なら、死んでしまった方がましだ! 
殺すのなら、殺されるのなら、ハイネくんは僕のことを忘れないでいてくれるかも知れない! 
だって、スオウくんも、父さんも母さん、ハイネくんは殺したいといいながら、誰一人まだ殺したことがないのだから!
いないほうがましなら。
いらない人間なら。
犯されるより、殺して欲しい。死んでしまえば、辛いことも消えてなくなる。




「イヤダ」
「え?」
「どうして、俺が桜のいうこと聞かなきゃいけないの?」




殺すのは無しね、なんて軽口を叩く様にハイネは余計なことを喋る桜の舌を引っ張り上げた。





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