その後二人は手を繋いで帰った。 桜は街灯の下で「今日はありがとう。告白のことなんだけど、もう少し待って貰ってもいいかな」と照れながらはにかんだ。スオウは勿論だよ! と大声をあげた。 声が自然と大きくなってしまったのだ。浮かれて僅かに飛び跳ねると、着地に失敗して、扱けてしまった。手を繋いでいたものだから、桜を巻き込む様な形で転んでしまい、スオウの鼻の上に桜のおっぱいが当たっていた。 「わざとじゃないんだよ!」 「わ、かってる、よ! ただ、恥かしくて。それに、僕のおっぱい小さいからスオウくんはあんまり興奮しないでしょう」 「え?! どうして!」 巨乳好きだが、なぜ暴かれているのかわからず、スオウは困惑する。 「だって、スオウくんは巨乳好きでしょう? と、いうか、幼馴染組は殆ど巨乳の女の人が好きだよね?」 「どうして知ってるの!?」 「内緒だったの! だって、いつも翼くんと二人で話していて、そこに皆が集まってえっちな話してるから。スオウくんの部屋お母さんに言われて掃除していたら、そういう本も出てきたし」 「因みにどの本が?」 「たしか『爆乳天国』っていう本だったような」 あの本か! スオウは米神を抑えながら、翼と割り勘して買った雑誌のタイトルを思い出す。翼もスオウももてるし、童貞のスオウはともかく、翼は付き合っている彼女もいるが、やはりエロ本やAVは別腹らしい。 「セックスとオナニーってぜんぜん違うだろう」と当然のようにいう翼に殺意を覚えたのは、つい最近のことだ。 「あはは、あれは翼に借りていたんだよ」 殺意ついでに、エロ本のことも、翼のせいにする。 「そうなんだ」 「うん。それに、俺は好きになった人がタイプだから。桜のおっぱいも興奮したよ」 証拠のように観覧車で触れあったときなど、ズボンに挟まれた陰茎が痛かった。童貞を舐めてはいけない。 生のおっぱいがたまらなく、気持ちよくて、二の腕と同じとか嘘だな! と自分の二の腕を触って「これがおっぱい、意外と堅い!」と衝撃を受けていたころが若干恥かしくなってくる。 巨乳の子とも付き合ってきたが、そういう子に限ってハプニングは起きない。未だまだ見ぬ、巨乳への憧れ。 「そんな、ありがとう」 もちろん、大きい方が好きだけどね、なんて言葉は口が裂けても言えないもので。 照れながら、スオウの方を見つめる桜の顔がとびっきり可愛かったから、自分の言葉に偽りはないと確信して、二人一緒に玄関を潜った。 女装した桜は両親が出迎えに来る前に、急いで自分の部屋へいき篭ってしまった。 母親が「あれ、スオウくんだけ?」と首を傾げながら、上機嫌なスオウを見て言った。 「だから小梅さんは桜だったんだ」 牛乳を飲んでいた翼がスオウの発言をきき、噎せた。 「臭いよ、牛乳は」 「わ、わりぃ」 衝撃発言を挨拶もする前に告げられた自分が噴き出したのを、謝るという事態に違和感を抱きながらも翼は謝罪する。 ハンカチで机を拭いていると、クラスの女子が「スオウくん、翼くん良かったらこのタオル使って。あ、後で私の机の上に洗わずに置いておいてくれたら良いから」なんて台詞を告げてきたので有り難く頂戴した。その女子を先頭に他の女子からもタオルを差し出され、空拭きと水拭きを交互に繰り返すと、牛乳臭さは消えた。 「なんだよ、桜って!」 「え、だから桜だったんだって」 「桜っておまえ、あの桜か。弟の」 「そう、弟の。けど、弟であって弟じゃないから」 どういう意味だよそれ、と追求しようと思ったが教室で喋ってはいけないことをスオウがべらべら喋り出しそうな雰囲気だったので口を噤む。 変わりに、どういう経緯で告白したかなど、明るい話題に触れるように努め、最終的に上機嫌なスオウに「良かったな」と言ってやろう。 だが、一つ杞憂があるとすれば、桜の想い人だ。幼馴染組の中では知らない人間の方が少ないのではないだろうかと思わせられる。 眼差しを、その痛々しいまでの熱情を見ていれば誰でも判るものだ。 黒沼桜は実兄である黒沼ハイネのことが好きだということくらい。 忘れてしまいがちになるが小学校中学年くらいまで、二人は四六時中一緒にいた。丁度、今、ハイネが初の後を追って歩いているように。桜はハイネの後ばかり追っていた。 ハイネもそんな桜のことを弟として可愛がっているように思えた。 第三者から見て、桜が言ない時のハイネはなんとも退屈を絵に描いたような表情で空ばかり見上げていたからだ。それなのに、何時の時期からか明確なことは不明だが二人は離れて行動するようになった。 代わりのようにハイネは初と行動を常にした。幼い翼はそれが謎でしょうがなかったが、眼前で惚気を話すスオウは「大丈夫だよ、きっと」と話を終わらせた。ばたんと、打ち切られてしまうときはあまりその話をしたくないとういう合図なので、翼はそれ以上追及しなかった。 けれど、桜の気持ちは幼い頃から変わらず、ハイネだけを見つめている筈だ。 つい先日、桜が打撲を身体に受けた時だって、彼の意識はハイネから剥離されなかった。 鈍感だといわれる翼が気付いているくらいだ。 他の人間、当事者である、ハイネが気付いていないとは思わない。 がらり、と教室の扉が開く。 気だるそうにハイネは席につき、スオウの無邪気な挨拶代わりに椅子を蹴ってかえした。 翼には椅子を蹴る音が不吉に感じて、脳内の隅っこで警告音が鳴り響いていた。 |