駆け出したスオウは困惑していた。
どうしてこんなことになってしまったんだろうか! という悩みだ。切羽詰まり、一人で追い込まれ逃げ出すように駆け出した。赤いチェックの看板を見掛け、売店に並びながら、ジュースを店員に二つ要求して、溢さないよう気を付けながら運んだが、観覧車の順番までもう少しだったのに。
全力疾走する。スオウが全力で走るのは滅多にない話だ。持って生まれた身体能力を持て余しているような男であるのだから。脚の付け根に力を入れて、爪先で地面を蹴りあげながら、走る。
ばっと視線を上げると、小梅が順番を譲る所が見えて、スオウは小梅の手を掴んだ。


「待って」
「スオウくん!?」
「乗ります。乗ります!」


片手にドリンクを纏めて、空いた方の手で小梅の細い手首を掴む。あんなに、緊張して動けなかったのに、身体が自然に動いて、スオウはぐいっと小梅を観覧車の中まで運んだ。
全力疾走が祟り、肩で息をするスオウに「大丈夫?」と小梅が声をかける。スオウはそんな小梅の声かけに安堵しながら、ドリンクを椅子の上に置き、片手を桜の眼前にもっていき「大丈夫」と荒れた息で答えた。
暫くすると、スオウの息も整ってきて、息遣いだけが聞こえていた空間が気まずくなる。
スオウは混乱した頭で、どうしよう、と考えながらもとりあえず買ってきたドリンクを差し出す。



「こ、これ」
「ありがとう。スオウくん。ごめんね、走らせて。ちょうど、喉が渇いていたから助かったよ」


自分が勝手に走りだしたのに、小梅は「自分の喉が渇いていた」からだと言う。その、気遣いが嬉しくて、申し訳なかった。
どこまでも優しくて、なにかを我慢しているようだ。こんな所で自分の弟を思い出すのはどうかと思うが、どこか小梅に良く似た面影を持つ「桜」があの雨の日、昇降口で佇んでいた光景が浮かんできた。
境界線を勝手につくっているような。優しいけど、卑屈な、線引き。桜に対してもそうだったが、小梅に対しても、そんな風に言って欲しくなかった。けれど、この優しさが自分は好きなのだろう。


「小梅さん」
「なんですか?」
「あ、え、っと景色綺麗ですね」
「本当ですよね。夕日が澄んでいる空間が広がっていて。こういう、高い所からのは見慣れてないので、やっぱり良いですね」


観覧車は上がる。
海と隣接する遊園地なので、海に涼む落日のだいだい色が、視界を染めていた。地平線の彼方から、日が隠れて行き、蕩けそうな夕日は、海の波紋に揺られる。頂上付近まで来ると、人間も人形サイズになり、殆ど見えない。遊園地はまるで、小さなジオラマのように映った。世界中で、二人だけのように。
子どもが手放した風船がふわりと、浮かんできて、夕日と被る。


「景色眺めるの好きなんですか?」
「え、っと。そうなんです。汐ちゃんにしか言ったことないんですけど。いつも、付き合ってもらってます」
「なんだか、小梅さんっぽいなぁ」
「そうですか? 変な趣味かなぁって自分では思っているんですけど」


照れるように額にかかった髪の毛を払う。実際、小梅が照れているかスオウには判らない。頬の赤みは夕日によって掻き消されていたのだから。ただ、ふわりとハニカミ出来る笑窪がとても可愛らしくて、スオウの心音は上がっていく。
飲みほしたジュース。プラスチックの容器は氷だけを乗せている。


「へ、変じゃないです!」


勢いに任せて、スオウはゴンドラの中で立ち上がる。身長が187pあるスオウは当然のように後頭部を屋根でぶつけ、ゴンドラが揺れる。


「大丈夫ですか!?」


慌てて立ち上がった桜は、軸を失って揺れるスオウを支えようと、手をとると、スオウの顔がこちらに向けて、落っこちてきた。今度は桜が窓に軽く頭をぶつける。





「っ――大丈夫ですか? スオウくん?」


衝撃で目を瞑った桜の視界の先に映ったのは、自分の胸に顔を埋めたスオウの姿だった。半分女性なので、胸も申し訳ない程度にある。今日は、少し大きく見せるために、ワイヤーで補強され、パットがはいった水色と黄緑のレースのブラジャーをしていた。ジュースを飲み終えた後で、良かった。
なんてことを、冷静に考えていたが、現実の意識を戻し、顔は急激に赤く染まる。




「あ、え、大丈夫って、ご、ごめん!」


事態に気付いたスオウが慌てて、立ち上がり、垂直の動きで、椅子に腰掛ける。


「いえ、大丈夫です。むしろ、す、すみません」
「え、俺が悪いんだよ。謝らないで、下さい!」
「けど」
「小梅さんは、謝るようなことしていません。そういって、俺にまで、線を引かないで下さい!」


目を瞑りながらスオウは吐き出す。言うつもりのなかった言葉を。
案の定、眼前の小梅は呆けた顔をして、固まっていた。次の瞬間、泣きだしそうな顔を歪ませ、気丈に振舞うような態度を見せる。
だから、そういう所をちょっと、緩めて欲しいなんてことを思っているのに。なにも、通じていないようだ。いや、通じていない、というより、ただの友達がこんなことをいう権利は何一つないのだ。今、こういって、抱き締めることも出来ない。


「こ、小梅さん」


観覧車は頂上に到着する。一番、景色が綺麗に見える瞬間、桜も、スオウも、景色を堪能せず、向かい合う。息遣いされ聞こえる、密室の中で。



「俺は小梅さんのことが好きです。俺は、こういうとき、貴方を抱きしめたい、んで、す!」


スオウが声にした、生まれて初めての告白だった。
今まで、誰にも告白などしたことがない。そんなリスクが高い物出来るわけがない。その気持ちが分かるからこそ、告白してくる子を振れずにいたのだが。
不思議な話だ。スオウは眼前に居る、小梅以外、恋したことなどないはずなのに。
一体、彼は誰に振られるのが怖くて、震えながら手紙を渡してきた歴代の恋人たちと付き合ってきたというのだろうか。





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