学生が借りられる代物ではない競技場は彼らが富裕層の御曹司だということを思い出さされる。ナイター設備を完備した競技場は人工芝で客席まで設置してある。当然のように、室内だ。



「桜、パス!」


スオウが鮮やかなボール捌きで桜にパスを回す。相手の股を抜けて、桜は慣れた手つきでボールを受け取った。
ドリブルを俊敏にして、近付いてきたゴールキーパーの隙をつくように、ふわりと、ボールを浮かせ、ゴールにシュートする。力はないがテクニックでもぎ取ったシュートである。
ぱさりと、ネットが揺れると同時に審判をしていた友人が笛を慣らし、試合は桜やスオウが所属するグループの勝ちに決まった。



「すごいよ、桜ぁ。動けるんだねぇ」
「スオウくんのパスが良かったからだよ」
「コラ、謙遜すんなよ――」
「そうだぞ、桜く――ん」


残りのチームメイトが桜の頭を交互に撫でて、髪の毛はくしゃくしゃにされる。
皆、気が良い連中の集まりのようで、飛び入り参加の桜を心地よく受け入れた。スオウの弟だと紹介されると「知ってるよ」と返事をしたものが殆どだった。「校内で幼馴染組を知らない連中の方が少ねぇだろうが!」 と囃す声まで飛んできて、スオウは「だよねぇ」とへらへら笑っていた。
チームは入れ替わり、先ほど観戦に徹していたメンバーが今度はコートに入っていく。スオウは友人と、壁に凭れかかり、鞄から取り出したタオルで汗を吹きながら、さきほどまで近くに居た桜を見渡したが、おらず、首を傾げる。


「山崎、桜は?」


主催者である山崎に声をかけた。


「ああ、さっき自販機の場所教えて欲しいって言われて教えたから自販機じゃねぇ?」
「そっかぁ。お茶持ってきてないもんねぇ」
「しかし、お前の弟ってだけあってサッカー上手かったなぁ。なんなの、お前ら兄弟ってスポーツ出来る運動神経ってどっから拾ってきたの」
「お母さんのお腹の中かなぁ」
「ハイネも出来るもんなぁ。あれは、もう一人いるだろう。妹」
「マリーは……あ、マリーっていうのはマリアの愛称でさぁ。マリーは運動出来ないと思うよ。高貴な身分だから動かないし、こう」


スオウは妹のシルエットを手で表現するかのように円を描く。
ようするに太っているわけか、と山崎は納得して、このままいくと、余計なことを言いだしそうなスオウのため会話を変えた。


「桜くんも、華奢だけど運動できて、ビックリしたぜ」
「以外だよねぇ。俺もあんなに出来るなんて知らなかった」
「兄弟だろうって、まぁ、そんなものなのか。俺、一人っ子だから、よくわからねぇけど」


出会ったばかりの友人の弟を思い出しながら、山崎は交流がないというより力を持て余している感じか、と結論つけた。そもそも、疎遠になりがちな兄弟なら、わざわざ、サッカーをしに誘わないし強引に連れてこないだろう。紹介された時の申し訳なさそうな桜の態度を思い出せば、スオウが強引に連れてきたことで、間違いなさそうだった。



「山崎って一人っ子なんだ。ちょっと、俺の中では意外だった」
「ああ、よく言われる。弟いそうって。そういう、お前は兄貴って感じしねぇけどな」
「いいでしょ、別に!」



じゃれ合いながら、山崎の腕を叩いていると、後ろから声がかけられる。


「スオウくん」
「あ、桜ぁ。自販機行ってたんだって。今度から、声かけてよ。心配じゃない」
「ごめんなさい。あ、あの、コレ。良かったらアクエリだけど。喉、乾いてたらいけないから」
「桜ぁ」
「山崎さんも良かったらどうぞ」
「サンキュ。おーい、お前ら、桜くんがアクエリ奢ってくれるってよ――貰っとけ!」


山崎が声をかけると、桜の周囲に人が群がる。アクエリはあっという間に無くなっていき、変わりに沢山のお菓子が桜の手のひらの上に置かれていった。


「大量じゃん、桜」
「スオウくん。どうしよう、こんなつもりじゃなかったのに。けど、嬉しいから貰っておくね」
「うん、うん。貰っておきな」


スオウは頭を撫でる。桜は撫でられながら、昔はまったく撫でてもらった覚えはないけど、今は兄弟としてスオウくんと接する時間が増えてきてるなぁと、スオウの友人を眺めながら思った。
周りに集まる人を見れば、その人間の人となりが大抵わかる。スオウの周囲に集まる人間は良い人ばかりだ。
先程のアクエリを渡す時だって、山崎が声をかけてくれなければ、勢いよく捌けなかっただろうし、人によっては受け取ることに抵抗を感じる場合もある。それを失くしたのは山崎の一声だし、飛び入り参加で入ってきた友人の弟という微妙なポディションを歓迎してくれるのは、普段のスオウの行動があってこそだろう。



「ありがとう、スオウくん。今日は楽しかったよ」
「え、なら良かったんだけどさ」
「うん。本当に。暇な時間ってこういう風に使うのもいいね」
「そうだよ、もっと、遊びなよ!」



今度は一緒にバスケでもしよう、と誘ってくれるスオウに微笑で返す。
良い人だ、と桜は思う。
だから、尚更、申し訳なくなることも。小梅として接する時に。浮かび上がるのは罪悪感しかない。騙しているようだ。汐は騙されているスオウが悪いと言ってきてくれているが、騙すほうが悪いに決まっている。
けど、普通に「女の子」として扱ってくれることが嬉しくて、本当のことを話せないでいる。小梅でいる瞬間は、自分が自分ではないみたいで、本質的には変わっていない。
優しくて、あたたかい場所が好き。優しさとあたたかさしかない場所なんていうのは、しょせん、中途半端なものでしかないとわかっているのに。
スオウの横は心地よい。今も、小梅として接している時も。逃避する場所にはぴったりで、最低だと思う。最低だと思うことしかしない自分に自己嫌悪して、ぐるぐるまわる。









後日、小梅として桜が送ったメールがスオウまで届いた。





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