「ねぇ、翼ぁ。小梅さんからメルアドゲッドしたんだけど、サブアドっぽいだよね」
「うっわ。どんまい」
「笑顔で済まさないで!」


陸上部に所属している翼が朝練を終え教室にたどり着くと、スオウは机に伏せた状態で翼を見つめてきた。窓際の後ろから三番目が翼の席で、後ろから四番目がスオウの席なので、どてんと、席に座る。


「サブアドって」
「けど、女子高って言っていたし、きっと、厳しいんだよ」


いつの間にか、女子高だという情報まで手に入れていたらしい。誰情報だよ、と聞けば汐に聞いたものらしい。翼はあてにならねぇ情報だなぁと冷ややかな眼差しで黙々と読書をする汐の姿を見つめた。
スオウには口が裂けても言えないが、この近くにある女子高と言えば、オフィーリアの分校にあたる、宗教系の学校だけだ。全寮制で、卒業するまで外出は不可能というのは有名な話で、小梅さんが女子高というのは嘘に近い情報だ。規律が厳しいから抜け出してきた、という言い訳は通じないだろう。
自分の学校が運営する分校がそこまで、生易しいものだとは到底思えなかった。淑女の育成を目指すといっていたし、目標を掲げるからには厳しいのが、学校を運営するオーデルシュヴァング家の方針からいって間違いないだろう。
そもそも厳しいからといってサブアドを渡すのは違うだろう。
付き合ってきた女の数は星のようにあるスオウだが、自分から対象を好きになったことがないので、女の手段というのを何一つ判っていない。言いかえれば、恵まれた才能と環境だけでお付き合いをしてきたということになるのだが。


「そうだな」


まだ見ぬ謎の美少女(仮)に思いを寄せる親友の肩をぽんっと翼は叩いた。
ガラガラ――と音を立て、担任が朝礼を始まるために教室に入ってきた。出席を取る為、声が張り上げられ教室は静けさを取り戻す。ちらりと後ろを振り向くと携帯を眺めながら頬を緩める親友の顔が見えて、聞こえぬよう溜息を落した。
自分はこの親友が良い恋を出来るように些細な手助けをするだけだ。スオウの顔には随分と似合わない言葉だが、初恋と云うのをしたようだし、恋愛の「れ」の字も判っていないこいつの手伝いをしてやるとしよう。









「スオウくん」


教室の隅っこから控えめな声が飛んできた。
昼休みを知らせる鐘の音がゴーンと鳴り、お腹を空かせたスオウが学食に行こうと机から立ち上がった瞬間だ。
扉の方へ視線を変えると、今、お付き合いしている彼女が弁当を持ちながら立っていた。約束していただろうか? と首を傾げながら、立ち上がると、彼女は甘言を漏らす。


「お弁当、作ってきたの? 食べてくれる?」
「え、けど、俺、今日は学食で洋食屋さんのオムライスを」


食べようかなぁって思っていた所で、と言おうとしたときに、彼女が頬を膨らませ堪えている姿が見えたので、ゆっくりと翼の方を見つめ、助けて! と合図する。
翼はそういえば、こいつ、今、付き合っている彼女いたのか……なら小梅さんのことも初恋じゃないんじゃねぇ? と怪訝そうにスオウを見つめた。
スオウの「助けて」を受け取れなかった翼を飛ばして、スオウは女のことならハリー様だ! とハリーの方を見つめると、女子の軍団に囲まれ、優雅に手作りとは思えない豪華なお弁当を女の子の華奢な指から咥内に運ばれている図だけが見えた。



「食べてくれないの?」

「食べないってわけじゃないけど。いや、食べるよ」
「ほんとう! 嬉しい。じゃあ、中庭行きましょう」



その上、中庭かよ、とスオウは心の中で消しきれない洋食屋さんのオムライスに名残惜しさを残しながら、教室を出た。中庭は恋人たちが集う場所でもあるし、昼休みなら比較的高い確率で虫を探しに来た初とその後をついてまわるハイネに会う場所でもある。恋人と一緒の所、あんまり見られたくないんだよねぇ、と溜息をつきながら、スオウは中庭までやってきた。



「はい、あーん」
「ありがとう」


正直なところ、女の子が作ったお弁当というのをスオウはあまり好きじゃない。
頑張ってくれているなぁって思ったりするけど、味ということに関して学食の方が美味しいに決まっている。好意を無碍に出来ないので、受け取るが、今度からは良いよ、と断ろうと思いながらお弁当を口に含んだ。
勿論「今度からは良いよ」と告げたスオウが振られてしまったのは、言うまでもない話である。










「はぁ」


溜息をつきながら一人で廊下を歩く。
散々な日だった。不味いお弁当を食べたあげく、彼女からは平手を喰らって振られるし、良いことなんか、なにもなかった。あ、けど小梅さんからメルアド貰えたんだった! と今日の昼休みまで付き合っていた彼女のことなど頭の片隅に押しやり、携帯を再び眺めた。
下駄箱が置いてある昇降口まで脚を運ぶと、見慣れた後ろ姿を視界に映し、スオウは声をかける。


「桜」

「あ、スオウくん。偶然だね」


悠遠を見つめるような眼差しをしていた弟はスオウだとわかると、屈託なく微笑む。


「どうしたの、こんな所にいるなんて?」
「バイトがね、いきなり休みになっちゃって」
「どうして?」
「他の人が変わって欲しいって昼休み連絡が合って。その代わり、今週の土日に入ってくれないかって。僕、特に用事もないしいいよってメールして、暇だから、もう少し学校にいようか悩んでいた所」
「事務のバイトしているんだっけ?」


アルバイトを経験したことのないスオウにとって桜が行う仕事内容は未知の世界だが、食事の最中、会話が少なくなると、話を提供してくれたので、どういう仕事をこなしているか、ということは知っていた。



「そう。書類整理したり、打ち込んだりするだけの簡単な作業なんだけどね」
「前から思っていたけど、桜ってなにか欲しいものあるの? 随分、熱心にバイトしてるから」
「え? 欲しいものかぁ……ないかなぁ。特に」
「ないのに働いているの!?」
「放課後、僕は暇だから」




暇だから、という言い方には随分、語弊があるようにスオウは思った。この弟に友達がいない訳ではない。寧ろ、多い方だ。桜の周りには、人種を問わず、人がいつも集まっていた。あの、初や秋嶺さえ、桜の周りに集まるのだ。放課後の予定など、入れようと思えば、いくらでも、入れることが出来るだろう。遊びに誘う人間も多い筈だ。
だから、桜が言う「暇だから」という台詞は寧ろ、自分で暇にしていると言った方が正しい。お金目的でないとしたらアルバイトは、断る為の材料ではないだろうか? とすら思う。


「暇なら遊びにいかない?」
「え、いいよ! そんなつもりで言ったんじゃないんだ」
「けど。俺、今から友達と一緒にフットサルしに行くしさ。人数は多くて困ることないって。コート二面借りたって言っていたし。桜だったら皆も歓迎だよ。ほら、山崎ってわかるでしょう。トゲトゲ頭で金髪の。飛び入り参加のやつ、すごく多いから」
「スオウくん、けど!」
「あ、嫌だった?」
「嫌じゃないけど、申し訳なくて」
「大丈夫、大丈夫。運動は嫌いじゃないでしょう? 制服のまま参加もOKな本当にお遊びだからさ」


ぐっと腕を引っ張って、桜の足を強引に進ませる。
お節介だが、強引に誘わなければ駄目なような雰囲気を今日の弟は保持していた。手を握ると、運動が出来る筈なのに、驚くほど細い手首がスオウの心臓を一瞬だけ飛び上がらせた。
筋肉がついていないわけじゃない。なんといえばいいのだろうか。
僅かに思案して、男の手首ではないのだとスオウは悟る。女特有の細くて折れてしまいそうな手首に、桜の手首は酷く似ていた。


小さい頃から桜とは手を繋いだことあまりなかったからかなぁ


自分の役目といえば、妹であるマリアの手を掴むことで、桜の手を掴んでいたのはハイネだった。昔の桜は、飽きることなくハイネの後ろを着いて回って、ハイネしか見えていなかった。俺もお兄ちゃんなんだけどなぁと思ったことは幾度かある。けれど、弟たちと戯れるより、スオウは外の仲間と遊ぶのが楽しかったので、気にすることなく、駆け出して行った。


懐かしいなぁ。


スオウは呑気に考えながら、桜と共に走った。




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