早弁を終え、学食での二回目の食事を堪能している最中、スオウの間抜けな声が鼓膜に届いた。
椅子に座り、向き合う体勢でスオウの話をきく。



「聞いてよ翼」
「聞いてるって!」
「でね、汐さんに友達がいたんだよ、信じられる?」
「信じられる? って人の弟に失礼な奴だな。お前も」
「ああ、そういう意味じゃなくてさ。けど、意外でしょう」
「意外っていわれりゃ、そりゃ、意外だけど。で、お前が話したいのは汐に友達がいたことじゃねぇだろう」


学食のおばちゃんから特別に大盛りにしてもらったかつ丼を貪りながら翼が尋ねる。ビシっと箸をスオウに向けられ、そうなんだよぉ、とスオウは顔を緩める。


「小梅さんって人でさぁ。とっても、綺麗で、可愛かった」
「ようするに、お前のタイプだったんだろ」
「そうそう。俺のタイプだったんだぁ」


翼は話を聞きながら珍しいな、と感じていた。この友人が、自分で女の子のことを好きだとか惚れたとか、そんなこというのは珍しいことなのだ。誰とでも仲良くなるのは得意だが、女として意識した途端、下手な行動をとってしまうタイプだ。女の子はこの王子様を絵に描いたようなスオウに夢を見て、勝手に夢から醒めて、出て行ってしまう。
だから、付き合った人間は山のように要るが、長引いた試しがない。そのせいか、恋愛恐怖症みたいな所がスオウにはあって、自分から人を好きになるなんて珍しいことだった。翼からしてみれば、スオウが浮かれた調子で女子の話をするのは、中学一年生の担任になった巨乳の中島先生を見て以来だ。


「大人しそうで、森ガール系」
「ああ、文化部か」
「文化部って、それはないよ、翼。その、文化部イコールヲタクみたいな偏見はどうかと思う」


深夜アニメを一人で見て、ライトノベルをよく読んだりする、にわかヲタクであるスオウは、怪訝そうな顔で翼に注意を促す。因みに、深夜アニメを見ています、とこの顔で告げた所で、信じてくれる人間は殆どいない。
前の彼女に振られた原因は、劇場公開中の深夜アニメの映画を見たいと言って「キモチワルイ」と言って殴られたのが原因だ。どうして殴られなければいけなかったのか、と泣き喚きながら翼に愚痴を吐いてきたのは二週間前のこと。


「だって殆ど、そうだろう。俺さぁ、自分の顔が絵になった同人誌だっけ? 教室で見て、倒れそうになったから」
「ど、ドンマイ」
「因みに相手はお前だから」
「知りたくなかったそんな真実! いつ!?」
「今年に入ってから」
「しかもわりと最近だよ!」


重要なのはどっちが攻めか受けかだよ! と聞き齧った腐女子の知識を曝け出しながら、スオウは唸る。


「特典写真として、俺らの生写真がついてた」
「ええ、誰が撮ったやつ!?」
「春子ちゃん」
「ああ、春子ちゃんか……」


一つ年上にいる、自分達の幼馴染の名前を出し、普段、彼女がとっている奇怪な行動を思い出す。高校卒業を間近に控えた彼女だが、カメラを片手に先日も写真を撮らせて欲しいと願ってきたばかりだ。
校内であれば、名前を知らない人間はいないほどの、モテっぷりで、ファンクラブというものまで設立されている、ハリー・トゥ・オーデルシュヴァングの実の姉にあたる人物だが、あのハリー様でさえ時と場合によれば逆らえない権力を握っている。一見、ふんわりとした優しい雰囲気の少女を思い出し、二人で溜息をつく。


「小梅さんは、腐女子ではなかったよ!」
「隠しているだけかもな」
「たとえ、腐女子でも俺はいいよ」
「あ、やっぱり、お前好きなんだ」


誘導尋問のように吐露され、うぐっと息を詰まらせたスオウは仕方なく、首を下げる。翼はやっぱりそうかよ! と牛乳を飲みほしながら、スオウの背中を叩いた。まぁ、なんだっていいさ。今度こそ、良い恋愛というものをこいつが体験出来るならと思いながら。食器を手に取り、返却を行う。スオウも慌てて立ち上がり、躓きそうになりながらも、なんとか、食器を返却し終え、教室に戻る。
ぐだぐだと下らないことを喋りながら二人は廊下を歩きながら、食べたての横腹を突きあったりした。二人が群れているとそれだけで、人が集まってくる。女子ではなく、男子であるが。食べ終わった二人を見計らって、バスケを誘ってくる友人がいたので、バスケをしに階段を下る。


「あ、すぉう―― 翼ぁ――!」


たくさんのお菓子を両手に抱えながら初が兎のように飛び跳ね階段から降りてくる二人に駆け寄る。
突撃してしまったので、ぼふっという鈍い音でスオウとぶつかり、一人で目を回す。


「お前、気をつけろよ」


実弟の失態に溜息をつきながら、ぶつかった頭が痛くないか、撫でながら翼は確かめる。


「それより、俺の方が重傷じゃない?」


頭突きを直接ノーガードで食らったスオウはその場に蹲る。翼は特に心配する素振りを見せず、初のお凸が腫れていないか確認して「よし!」と笑顔で告げた。


「おお。すまんな、スオウ」
「初、いいよ。痛い、けど」
「ごめん、スオウ」
「いいんだよ初。ね」
「そうか、いいんなら、良いんだ。あ、あのな、お菓子やる!」


たくさん持っていたお菓子は皆に配るようだったらしい。初は自分のお菓子が取られていく様子を、指を咥えて眺めていた。配りたいが、自分の物にもしておきたいという、気持ちの瀬戸際で、お菓子をあげるたびに、苦心するのだ。


「わぁ、ありがとう初」
「サンキュ。あ、じゃあ、俺からはこれやるよ」


等価交換だというように、翼はキシリトールのガムを初の赤ちゃんみたいにぷにぷにした手のひらの上に置いた。
初は喜んだ表情をぱぁっと輝かせたが、乗せられたのが自分が食べられないキシリトールのガムだと分かると、目を歪める。


「いらない!」
「はは、わりぃって。じゃあ、これは?」
「チョコレート! ありがとう。翼」


チョコレートを貰って上機嫌な初はくるりとスオウの方を見つめる。慌てながらポケットになにか入っていないか探したが何もなかったらしい、スオウは肩を落とす。


「ごめん、なにもない」
「な、なんだと!」
「お前こそ、なんで返してもらうのが前提なんだよ。俺から、やっただろう。それは、連名ってことにしとけ」


凸ピンを初の頭に軽く喰らわして、翼は初を納得させる。うーっと暫く唸っていたが、納得したようで、首肯して、初は遠くにいるハリーを見つけて去っていった。


「翼、ありがとう! 俺が女の子だったら翼に惚れているよ」
「ば! くっつくなよ! そんなことだから、あんな本出されるんだぞ!」
「ああ、ごめん! けど、カッコ良かったよ、翼ぁ」
「え、まじ、だったら良かったけど」


感動のあまり抱きついたスオウを満更でもない顔で、暑苦しいと引き剥がしているとバスケットボールを持った友人が「お前ら、なにしてんの」と、声をかけられ、二人はいっきに冷静さを取り戻した。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -