「焼き肉じゅーじゅぅ」




初が箸を持ちながら涎を垂らしはしゃぐ。肉が鉄板の上で踊り、直接、肉を取ろうとした所をスオウに止められていた。
公園での会話の後、夕飯を食べる為、五人は焼き肉にきていた。桜と汐はこの三人と長居することを嫌がったが上手に断る方法をもたず、流されるがままに、焼き肉屋へと到着した。
もともと、食欲が平均男性並の桜は、女の子として見られれば良く食べる方へと分類される。皿に山のように盛られた肉をもりもりと食べていった。女装していなければ、率先して焼くのだが、菜箸を取ったスオウが「俺が焼くよ」と仕切りだしたので、桜はそれに甘えた。
ちらり、と初の方を見る。
彼が気付いているかは定かではない。紹介されたとき、大きな双眸を見開き、じぃっと桜の方を見てきた。にっこりとほほ笑みかけられたので、嫌われてはいないようだ。今の彼はとても無邪気に焼き肉をスオウとハイネに囲まれながら貪っている。野菜をちゃんと摂取するように進めるスオウと個人の自由だからという理由で、肉ばかりを初の皿に盛り付けているハイネの違いがおもしろくて、桜はくすりと笑う。笑っていなければ、やっていけなかった。
汐が大丈夫かと心配そうに見てくるので、桜はにっこり笑って大丈夫だと答える。口数は少なく。あまり喋るとボロが出てしまうから。相手が振ってきた話に合わせる程度の単純な受け答えを桜はした。







「いっぱい食ったぞ!」


満腹な胃袋に初はご満悦らしく自分の腹を撫でおろしたあと、伸びをした。ぐぃんと伸ばした先で屈伸運動を繰り返し、飛び跳ねる。まるで、彼の周りだけ幼い頃の時間のまま動いているようだ。ハイネはそんな初の光景を闇夜に染まり、なにも見えなくなった中で、確認した。彼の声だけが、ハイネの鼓膜に入ってくる。音だけで、初がはしゃいでいるのがわかる。今日は、もうすぐお別れだ。そう、思うと、ハイネの心臓はきゅうっと縮みあがった。あと何時間寝れば、自分の光ともう一度、再会できるのだろうか。初だけには優しく接したい。望むものがあるのなら、叶えてやりたい。それ、以外の自分の周囲で息をする人間なんて存在は全部、ぐちゃぐちゃにナイフで内臓を抉り出してやりたいのに。


「じゃあな、ハイネ! スオウ!」


分かれ道に差し掛かり、初は二人に手を振る。


「え、小梅さんもそっちなんですか?」


スオウは汐に付き合い喋らなかった、桜に声をかける。


「そうなんです」


出来るだけ、高い声が出る様に気を付けながら喋る。本当はスオウやハイネと同じ家に帰るのだが、女装したままでは帰れない。自分の服も汐の家に置いたままだ。


「あ、また、会えますか?」
「え?」
「おい、スオウ、なにを言っている」


別れるだけだと安堵した桜の手をスオウが掴む。思わず、汐が間に入って邪魔をするが、スオウはああ、ごめんなさい、と慌て手を離した。


「いやぁ、だって、せっかく知りあえたから。また会いたいなぁって思って」
「え、っと、あの」
「メルアド交換しませんか?」


戸惑う桜など気にせず、スオウはぎこちない手つきで桜にメールアドレスが記載された紙を渡した。汐が唸りたてる音になど、臆さず、紙を押しつけるとハイネの手を引っ張って、角を曲がって去っていった。


「断ること、出来なかったな桜」


にょこっと、初が姿を表す。


「うん、そうだねって、あ、初くん」
「桜だろ? 小梅じゃなくて。俺、最初から、知っていた」
「やっぱりバレてたんだ」



初は無邪気に桜の腕にぎゅうっと抱きつく。汐は暫く傍観に回ることを決めたのか、一歩下がり、二人の会話を聞くことに徹した。


「バレバレ。桜のもつ、雰囲気だった」
「雰囲気?」
「俺、お前のこの雰囲気好き。いつも、桜と一緒にいるとあったかくなる。あったかくなって、俺も何かしたくなる。それ、珍しい。桜と一緒の時が多い」
「初くん」


桜は初と話す度に、あんな気持ちになる自分が恥かしくて仕方なくなった。初はどこまでも、純粋で、人のことをまっすぐ見ている。桜だって、初のことが大好きなのに。暴風雨が通り過ぎるように、初の行動一つ、一つが桜を乱して行く。もしかしたら、大好きでなければ、簡単に、恨むことが出来たのかも知れない。いや、桜がそう思っているだけで、実際、対象が誰であろうと、桜は他者を憎むことも恨むことも出来ない人間であるが。


「今日の桜はいつもより可愛いな」
「そう、かな?」
「いつもは便りになる存在。俺、お世話になりっぱなし」
「自覚、あるんだ」


いつも授業に間に合うよう迎えに行く自分の姿を思い出し、くすりと笑う。本来、クラス構成が途中で変わることなどあり得ない話だが、初と秋嶺は特別扱いをうけ、急遽、桜がいるクラスに転入となったのは、夏休みがあけて直ぐの話だ。一度、体育祭の練習を抜けだす二人を桜が来るようにいって、大人しく、てくてくと後をついてきたのが原因だろう。
それ以降、桜はすっかり二人の世話を担任から任されている。幼い頃から見てきた二人なので、苦ではなく、その時間はハイネと初が一緒にいる所を目撃しない限り楽しいものだ。



「自覚ある。俺、桜のこと大好きだからついていく、あと」
「そっか、ありがとう、初くん」
「どうってことないぞ。桜、ぎゅぅうう」
「ふへぇ!?」


奇抜な行動を初がとるのは日常茶飯事だが、今回の抱きつきにはさすがの桜の不意をつかれて驚いた。
初は桜の小さな胸に顔を埋めるようにして話す。


「今日の桜は素敵だった。もっと、もっと、普段から、我慢しなくて良いんだぞ」
「初、くん」
「素敵だったけど、窮屈そうで、楽しくなさそうだった。なにか、我慢している顔で、俺、それは、あまりよくないと思う。だから、な、桜。お前、あまり、我慢ばかりするなよ。思っていること、ちゃんと口に出せよ。桜」
「そう、だね」


答えづらそうに言葉を濁す、桜に初はこの気持ちが伝わればいいと、ぎゅうっと桜をさらに強く抱きしめた。


そういえば、昔もこんな台詞をこいつの兄弟に言ったことがあるな、と初はぼんやりとだが思い出した。別のその言葉が初にとってさらりと出てきたものであったから、ぼんたりとしか、覚えていなかっただけなのだ。
初は似たような言葉を、過去、吐き出したことがある。
ハイネにではない。
彼がこのような言葉を告げたのは、兄であるスオウの方だった。







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